彼女たちの革命前夜

1970年から半世紀、女性解放は遅々として進まず、特に日本では…

1970年前後は第二波フェミニズムの時代であり、日本でもウーマン・リブ(Women’s Liberation Movement)と呼ばれた女性解放運動が大きなムーブメントとなっていました。

そうした時代の1970年、イギリスで行われたミス・ワールド世界大会の会場で女性解放を訴えようと抗議行動をした女性たちの物語です。Based on a True Story ということで、ラストにはその女性たちの現在がスチル写真で紹介されています。

彼女たちの革命前夜 / 監督:フィリッパ・ロウソープ

全方位気遣い型

これ、半世紀、50年前の話です。さすがに今ではミスコンのテレビ中継などやらないでしょうし(と思うけど知らない)大きな話題になることはありませんが、それでも未だにミス・ワールド、ミス・インターナショナル、ミス・ユニバースは継続されており、ウィキペディアを見ましたら、さらに21世紀になってからミス・アースなんてものが始まり、世界四大ミスコンなんて呼ばれているそうです。50年経っても女性解放は遅々として進んでいないということです。

ミスコンというのは、あたかも女性が認められるとか成功したとかの話として語られやすいことですので、なかなか変わらないということでしょうか。

この映画でもミスコン参加者の女性の側からその考えが語られています。優勝者のグレナダ代表が、自分の姿を見て子どもたちが自分にもできると思ってくれればいい(ちょっと違うかも)と言っています。

ですので、この映画は、女性解放を訴えたフェミニストたちを軸にしてつくられてはいますが、同時にミスコン参加者の女性や主催者側の男の妻たちも前面に出しており、それぞれの立場の女性を描こうとしているようです。その点では過去にこういうことがあったよということであり、全方位の女性たちに気遣った映画ということです。

フェミニストたち

1970年のロンドン、サリー(キーラ・ナイトレイ)は前夫との5、6歳の娘とパートナーと自身の母親と暮らしています。何らかの理由で過去に学問の道をあきらめたのでしょう、再び大学へ入学しようとし面接を受けています。面接官の教授(かな?)たちは男ばかり、それも権威主義的です。

映画のスタイルは基本的にはコメディーですのでそれぞれの出来事に深く関わることはなくテンポよく進みます。

サリーは無事入学しますが、学問の世界も男性優位ですので講義でも女性であるサリーの発言が遮られて無視されたり、教授に論文のテーマを聞かれ、女性の労働問題を考えていると答えますと、ニッチなテーマだと揶揄されたりします。

サリーは活動家のジョー(ジェシー・バックリー)と出会います。ジョーは多くの仲間たちとデモ活動やビラを配ったりして女性解放を訴えています。

この行動するフェミニストのジョーを演じているのはジェシー・バックリーさん、「ワイルド・ローズ」を見てとても印象に残っている俳優さんです。

ジョーは、サリーのことをブルジョワジーと呼び、やや見下す(ちょっと違う)ような態度をとってはいますが、これはよくある映画のパターンで、次第に親しくなり、サリーもジョーたちコミュニティの仲間になっていきます。そして、かなり唐突ではあったのですが、なにせ主演(キーラ・ナイトレイ)ですし、学士ということもあるのでしょう、コミュニティの代表としてジョーに推されてテレビの討論番組に出演して雄弁さを見せつけていました。

そして、ミス・ワールド世界大会の当日です。

ミスコンの参加者たち

この映画はミスコンの参加者にもいろいろな人物を置いてドラマがつくられています。

参加者が白人ばかりで人種差別的だとの批判が上がり、主催者のエリック・モーリーと妻のジュリア・モーリーは急遽南アフリカ南部代表として黒人に参加させることにします。この経緯が実際にあったことかどうかはわかりませんが、白人の代表がいてもう一人南部代表として出場させたということです。当時の南アフリカはアパルトヘイトの時代です。その女性は国から記者と話をするなと言われていると不安がっていましたし、自分が選ばれるわけはないと言っていました。ただ、実際は準優勝者(だったか?)に選ばれ、エンドロールでは現在のスチル写真に無事に国に帰ったとスーパーが入っていました。

優勝したグレナダ代表のジェニファー(ググ・バサ=ロー)は、迷いを感じつつも社会的な成功を得ようとしている女性として描かれています。モデルをやっていると言っていました。大会はサリーたちの抗議行動で中断するものの再開されてジェニファーが優勝するわけですが、その後サリーと顔を合わせるシーンでは、すでに書きましたように、自分の姿を見て子どもたち(女の子)が自信を持ってくれればいいと言い、それに対してサリーは、それは制限された成功よ(という意味だったと思う)と答えていました。

もうひとり、スウェーデン代表の女性がいます。一番人気だと言われており、つまり記者たちも含めた男性たちのルッキズムにさらされる象徴となっています。コンテストでは本番だけではなくリハーサルでも主催者の男に自分たち女性が追い立てられる様を、こんなことをされるのは牛と私たちだけだと怒っていました。

当時のコンテスト参加者がどんな考えでいたかはわかりませんが、それなりに抗議行動への反感もあったんだろうと思います。映画はその点はかなり抑えめになっており、参加者たちには現在の価値観が反映されているようです。

主催者関係の妻たち

ミス・ワールドという事業は当時はエリック・モーリーが始めた個人事業のようで、エリックと妻のジュリア・モーリーがすべて仕切っているように描かれています。人種差別の批判が出れば、エリックがジュリアに南アに連絡してなんとかしろみたいな感じで描かれています。

この映画は、男たちを皆しょうもなく描いています。現在の視点で1970年の男を見ているということです。当然しょうもなく見えますし、マジにやっていいることがバカバカしくもみえ笑いを誘うというような描き方です。

コンテストのゲストとして招かれるボブ・ホープもそうです。名前を知っている程度でどういう存在なのかは知りませんが、ベトナムのアメリカ軍を慰問するシーンがあり、軽妙な語り口で、つまりは差別的なことを言って笑いを取るパターンのトークを見せていました。

その妻ジュリアもわりと大きく扱われています。ボブ・ホープは過去にミスコンの優勝者をアメリカに連れて帰って売り出そうとしたもののうまくいかず、この映画の時点ではボブが金銭援助をしてどこかに住まわせているということになっていました。ジュリアはそのことを知っており、頻繁にそのことをにおわせてゲストとして参加しないよう圧力をかけていました。

このふたりの妻たちの描き方は社会システム上、家父長制(patriarchal authority)という言葉が頻繁に使われていましたが、その意味で夫に従属しているように見えますが、それぞれが自立している存在として描かれて(描こうとして)います。ただどうしても社会システム上、その意見や行為が妻としての嫉妬であったり、小言にみえるのはやむを得ないことではあります。

ミス・ワールド決勝大会

そして1970年ミス・ワールド決勝大会の会場です。サリーやジョーは観客として会場に入ります。前半の審査が終わり、ゲストとしてボブ・ホープが登場します。いわゆるスタンダップコメディの感じで差別的な言動を交えて会場の笑いを誘っています。我慢がきかなくなったジョーが立ち上がりステージに向かって叫びます。

私たちは美しくも、醜くもない! ミスコンは女性差別だ!(ちょっと違うかも)

そして、それを合図に会場に入っていた活動家たちが小麦粉(多分)の入ったボールをボブ・ホープに投げつけ、女性解放を叫びます。会場内は混乱はするもサリーもジョーも他の活動家たちも逮捕され、コンテストは一時中断、しかし、しばらくして落ち着きを取り戻してコンテストは再開されます。

南ア南部代表の女性の名が呼ばれ準優勝、そしてグレナダ代表のジェニファーが優勝します。当然ながら戸惑いは隠せず、それでも笑顔を持ってコンテンストは終了します。

その後、逮捕されたサリーとジェニファーの、すでに書いたシーンがあり、後日サリーたちも釈放され、エンドロールではそれぞれの現在の姿のスチル写真とその後が紹介されて終わります。