オーロラの「孤独」が個人的なものに起因しているように見えてしまう
スコットランド エディンバラ在住のポルトガル人監督ローラ・カレイラさんの長編デビュー作です。イギリス、ポルトガル共同製作で、イギリスの製作会社はケン・ローチ監督の Sixteen FILMS です。

ネタバレあらすじ
ローラ・カレイラ監督本人がケン・ローチ監督やダルデンヌ兄弟監督の影響を受けていると語っていることもあり、あえて言えば、素材の選択はケン・ローチ監督的、手法はダルデンヌ兄弟監督的ではあります。
ただ、見ていて伝わってくるものには格段の差があります。
オーロラの孤独な毎日
スコットランドの配送センターで働くポルトガル移民オーロラの日々を追った映画です。
あまり自動化されていないセンターのようで、沢山の人がバーコードスキャナーを持って棚の間を行き交っています。ピッカーと呼ばれています。作業効率はかなり管理されているようで、ピックアップに時間がかかり過ぎますとピー、ピー、ピーと警告音がなります。
昼食は社員食堂があります。あんなに大勢が同時に休憩することってあるのかなと気になります。それはそれとして、オーロラには昼食時にもスマートフォンを手放せません。親しく話す人もいないということです。
オーロラの毎日は職場とシェアハウスの往復だけです。職場への行き来はポルトガル人の友人が車に同乗させてくれます。もちろんガソリン代の負担を求められています。
そうした毎日を撮り続けた映画です。一言で表現すればオーロラの「孤独」を撮った映画です。
何も起きない3つのエピソード
ただ、なにか変化が起きそうな出来事が3つ挿入されています。
ひとつ目はシェアハウスにフレンドリーなポーランド人の男性がやってきます。ダイニングで会えば気さくに話しかけてきますし、クラブへ行かないかと誘ってくれたりします。クラブのシーンでは二人並んで座り一言二言当たり障りのない会話をし、会話が続かないのか二人ともスマートフォンに目を落とし、その後、思い切ってオーロラが男の肩に頭を乗せますが、それだけで何も起きません。
ふたつ目はスマートフォンを落として壊れてしまいます。オーロラはすぐに直らないかと交渉します。スマートフォンがなければ間が持たないという意味でしょう。修理代は 99ポンドと言われます。2023年当時のレートですと17,000円程度です。
オーロラはこの修理代のせいで金欠に陥ります。シャワーを浴びている途中で電気が落ちます。ハッと気づきます。忘れていたのか、お金がなく放置していたのかはっきりしませんが、電気代は週払いでオーロラの番だったのです。こっそりシャワールームから抜け出して自室にこもり、居留守を使います。外ではポーランド人の男性が立て替えて払っておくと言っています。
この件も、その後誰かが咎めるわけでもなく、オーロラは男に謝罪して給料が出たら振り込むと言って終わっています。
そして、みっつ目です。オーロラは他の仕事を探しており、ケアサービスの面接を受けることになります。面接日を指定されます。ネットで欠勤願いを出そうとしますが出来ずに直接現場の社員に申し出ますと急だから無理と言われます。当日です。体調不良で休むと電話して了承されます(そうなの?…)。
面接です。面接官から自己PRを求められます。何も言葉が浮かびません。緊張ではなく何もないという意味です。趣味は?と聞かれても何も出てきません。それでも友人と遊んだり、映画を見たり、旅行したりと話し始め、バハマへ行ったと言い、きれいな海でなどと話し始め、そして言葉に詰まり、感情が高ぶって涙を流し始めます。
夕刻時、オーロラが公園で倒れています。管理人がやってきます。返事がないため、応援を呼びます。管理人がオーロラに上着を掛け寄り添いますとオーロラはその腕をぎゅっと握ります。しばらくしてオーロラは立ち上がり、立ち去ってしまいます。
後日、職場はシステム障害で作業が止まり従業員たちが輪になってボール遊びをしています。誰かがオーロラに入る?と尋ねます。頷いて輪に入るオーロラです。
感想、考察:観察映画か?もう一歩進まないと…
という、「孤独」なオーロラの毎日が描かれている映画です。ただ、それはわかるのですが、「孤独」であることを感じることは、特にオーロラの置かれている状況がどの程度のどういったものかを知らない私にオーロラの「孤独」が伝わってくることはありません。
また、ローラ・カレイラ監督はこうした単純労働について、「倉庫内を駆け回って10時間も監視され続けることを知って衝撃を受けた」と語っていますが、その衝撃をこの映画から感じることはかなり難しいです。もちろんこうした労働は精神的にも肉体的にもかなりきついことだはわかりますが、それらを映画から現実感をともなって感じることはありません。
ローラ・カレイラ監督はインタビューでこんなことを言っています。
Come on, this person is doing this for 10 hours, you can watch it for a minute!
この人は10時間もこれをやっているんだから1分くらい見てもいいじゃないか!
(https://www.bfi.org.uk/interviews/laura-carriera-falling)
そりゃそうだけどね。
ケン・ローチ監督の「家族を想うとき」なんて映画は怒りが湧き上がってきますけどね。
ところで、なぜポルトガル人のオーロラはわざわざスコットランドまで来てこの仕事をしているんでしょう。ポルトガルじゃ仕事がないということなんでしょうか。
この疑問は、配送センターのピッキング作業が移民によってまかなわれていることは想像できるにしてもポルトガルという設定にどういう意味があるんだろうということです。それに関することでこんなことも語っています。
We deliberately don’t know a lot about Aurora’s life because there could be very different versions of Aurora which led to this week.
私たちがオーロラの人生について多くを知らない(語らない)のは、led to this week(今週に至るまで?)のオーロラの異なったバージョン(シナリオ上の設定?)があり得たからです。
ちょっと意味がわからないのですが、おそらく this week と言っているのはこの映画がオーロラの1週間を描いていることからだと思いますし、なぜポルトガルからスコットランドへ来ているかの設定には様々な可能性があるという意味かと思います。
インタビュアーには更問いをしてもらいたいところですが、これで終わっていますので真意はわかりません。この文面だけですと考えていないことの言い訳に聞こえてしまいますのでよくないですね。
多分、ポルトガルであることにはローラ・カレイラ監督自身の過去が重なっているんだろうと思います。ローラ・カレイラ監督がスコットランドへ来た2012年ごろのポルトガルは深刻な経済危機に見舞われていたそうです。
それは置くとしても、まだまだ訴えてくる力が不足しているローラ・カレイラ監督ということになります。オーロラの「孤独」はわかりますが、それがかなり個人的なものに起因しているように見えてしまう映画ということです。