ダンスというニュアンスではないがラストのマンユッの死者をおくる舞はかっこいい
「旅立ちのラストダンス」なんてタイトルですのでバレエとか競技ダンスの映画かと思ってキービジュアルを見れば「覇王別姫」みたいな京劇の映画にも見えるしと紹介文を読んでみれば、え、葬儀? 葬儀にラストダンスかい? と興味を持った映画です。

ネタバレあらすじ
映画冒頭に映画がダンスと言っている「破地獄」というものの一部が描かれます。日本の公式サイトによれば「香港の葬儀で道士が舞い、死者を地獄から救う儀式」だそうです。ググりますとシンガポールとかマレーシアの動画が結構上がっています。どれも火のまわりを回って舞うのは同じですが、一人のものや数人のものなどあり、瓦もないものもあります。
いずれにしてもダンスと言うよりも日本語の表現でいえば「舞」です。まあ本家が「The Last Dance」って英題をつけているので仕方ないのですが、内容もダンスに焦点を当てているわけではなく家族物語です。
ただ、それがわかってくるのも映画の中盤以降です。
トウサンの人生観
ブライダル業の経営に行き詰まったトウサン(ダヨ・ウォン)は葬儀業の営業権を譲り受け、葬儀道士のマン師匠(マイケル・ホイ)と出会います。香港では葬儀業者と葬儀道士が組んで葬儀を執り行うらしく、営業権も半々みたいな感じでした。
映画始まってしばらくは、伝統を重んじるマン師匠と新しい考えのトウサンとの新旧世代対立を軸に進むのかと見ていたんですが、確かにベースとしてそれがあるにしてもシーンとしてはほとんどありません。
トウサンの葬儀業は大した障害もなく順調に進みます。シーンとしては故人の死因を調べずに遺族の気持ちを逆なでする失敗談がひとつに、後はトウサンの人情味を見せるためのシーンが続きます。愛する息子は6ヶ月前に死亡しているにもかかわらず未来の進んだ医療で生き返らせたいと願い遺体保存を願う母親の話、レズビアンと思われる女性の葬儀で、喪主である夫が会わせることを拒否したパートナーを秘密裏に遺体と対面させる話、あと2、3あったように思いますが思い出せません。
事業の先行きに暗雲がとか、マン師匠と対立してとかのドラマパターンは使われていません。でも結構おもしろく見られます。葬儀の慣習や形式が面白いということもありますが、トウサンを演じているダヨ・ウォンさんのキャラクターがいいです。いつもニコニコじゃなくて、通常の会話でも笑顔に見えます(笑)。飄々としていて不安を感じさせません。
特別台詞やシーンで語られるわけではありませんがトウサンの人生観が感じられます。
トウサンには長く付き合っている女性がいます。同居しているようですが結婚はしていません。終盤に女性から妊娠していると告げられるシーンがあり、かなりシビアなやり取りがあります。トウサンの顔が曇ります。トウサンは50代であり、子どもが成人し充実した人生を送らなければならないときに自分の老後の面倒を見させることはさせられないと言います。
この時この映画は、女性には私は生むの一言だけ言わせて反論させたり男女間の問題にしたりしない展開にしています。その一番の理由は、この映画が男性視点でつくられているからではあるのですが、それは置くとして、この映画のテーマが家族というものに焦点を当てれば必然的に「老い」や「死」も絡んでくるという意味での「家族という人間関係」にあるからだと思います。
マン師匠の家族
そのことは、映画中盤にかけて、ああこういう話かなと見えてくるマン師匠家族の軋轢ではっきりしてきます。頑固な家父長主義の父親と子どもたちという図式です。
マン師匠は80歳を越えているって言っていました。妻は亡くなっており、息子のパン(チュー・パクホン)夫婦とその10歳くらいの息子、そして娘のマンユッ(ミシェル・ワイ)と暮らしています。
パンも葬儀道士ですが、マン師匠は本音ではないにしても見下した言い方をしますし、本人も無理やり跡を継がさせられたと言い、仕事に身は入っていません。
マンユッは、道士としての父親に憧れて子どもの頃に父親の真似をしていたらしく、道士としての心得はあるものの女性は道士になれないと言われて救急隊員になっています。
この映画、わりと人物描写は丁寧につくられており、それぞれ人物に奥行きが感じられます。
マンユッは男と不倫関係にあるのですが、男に救急活動で助けられなかったときにしか連絡してこないと言わせており、そのシーンでも行為が済んだ後の沈んだ顔を見せたり、何となくいたたまれない自分を感じるかのように何も言わずに着替えて出て行かせたりしています。
近所の飲食店のおばさんとの交流もマンユッの人物造形に重要なシーンです。母親のように感じているという描き方かも知れません。そのおばさんが倒れ、救急として駆けつけるも間に合わずというシーンがあります。すでに死斑が出ているにもかかわらず心臓マッサージを続けるマンユッです。この葬儀もトウサンが執り行っていました。
考えてみれば、マンユッが一番奥行きのある人物となっていますね。ラストシーンを考えれば当然といえば当然です。
パンの方は家族関係から離脱しようとします。本人の意志半分、妻に押されて半分というところかと思います。妻は息子が成績優秀なので有名校に入学させたいと思い、そのためにパンに洗礼を受けさせたりします。その学校がキリスト教系ということなのかよくわかりません。とにかくその入学もダメになり、映画終盤にオーストラリアに移住することにします。
パンの意志半分というのは、道士となったのは本人の希望ではなく跡継ぎという父親の意志であり、自分の息子にはそうした思いをさせたくないと考えたということです。
マンユッ、破地獄の舞
マン師匠が脳卒中で倒れ、車椅子生活になります。パンはオーストラリアへ移住するので面倒をみられないと言い出ていってしまいます。
マンユッが面倒をみることになるのですが、マン師匠は頑固なまま一向に改心することなく死ぬまで変わりません。ちょっと珍しいパターンですかね。そしてある日、マンユッが部屋に入りますとすでに死んでいます。
葬儀を取り仕切るのはトウサンです。映画の中頃からはマン師匠もトウサンを信頼するようになっています。トウサンはマン師匠に、あなたは敬意をもって死者をおくる人だが自分は残された者につくしたい(こんな感じだった…)と言います。マン師匠に台詞はありませんでしたが感じ入った風に描かれています。その後、マン師匠の歌に合わせてトウサンも父親がよく歌っていたと言って二人で合唱するシーンもあります。そして亡くなる前に営業権も譲り受けています。
マン師匠の葬儀です。道士たちや関係者が居並んでいます。トウサンがマン師匠の遺言に従って破地獄はマンユッが行うと宣言します。遺族席のマンユッとパンは驚いています。道士たちが口々に、馬鹿な! 女に道士はできない! 女は汚れている! と立ち上がって叫んでいます。トウサンが認められない人は出ていけばいいと言いますと皆出ていってしまいます。
そして、マンユッとパンの破地獄です。
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ワンショットというわけではありませんが、マンユッ、かっこよかったです。
上の動画が本編通りかどうか記憶にありませんが、マン師匠が手紙を読むような風に改心して謝罪していました。
感想、考察:死んでから言われても(ゴメン…)
という家族人情映画でした。
ドラマとしては特に新鮮に感じるものはなく、日本で言えば「寅さん」みたいなジャンルかなあなんて思いながら観ていました。ダヨ・ウォンさんのキャラクターで助かっている感じがしますし、葬儀の形態や死の価値観にへぇーと思うようなところもあり楽しく観ました。
旅立ちではありませんが「ラストダンス」もかっこよかったです。
ただ、一歩引いて考えれば、マン師匠、手紙に書いて残すくらいならちゃんと本人を目の前にして伝えてから死になさいですね。死んでから言うのはセルフエクスキューズです。その点で言えば、映画自体が家族という名のもとの男性視点の自己満足映画です。
トウサンにしても、子どもに老後の自分の面倒をみさせたくないと言っておきながら、結局情にほだされ「家族」を受け入れることにするわけです。少なくとも相手の女性の意志表現のシーンを入れないとダメでしょう。何でもかんでも男が決めてしまうんじゃねえ。
ああ、感動の家族ドラマに言うことじゃなかったですね(涙)。