死刑にいたる病

日本という箱庭の中のお話…

なんとなくスルーしてしまった映画、その少し前に見た同じ白石和彌監督の「孤狼の血 LEVEL2」がしょうもなかったからかもしれません(ゴメン…)。なのでDVDで見てみました。

死刑にいたる病 / 監督:白石和彌

倍速視聴の気持ちがわかる…

こういうサスペンスものは劇場で見ないとダメですね。集中できず、先がどうなるかだけに気がいってしまいます。途中で原作のウィキペディアを読んでしまいました(笑)。

ウィキペディアを読む限りでは、脚本の高田亮さんはめずらしく原作に沿って書いたようです。

それは置いておくとして、映画やドラマを倍速視聴したくなる気持ちがちょっとわかったように思います。劇場で見ていれば違ったかもしれませんが、映画の中ほどまで見ても何がポイントなのかよくわからず、早くネタ(プロット…)を教えてって気になります。

映画は、導入部分でいくつかの要素を提示してそれがどう関係しているかを解き明かしていくスタイルで作られています。

榛村大和(安部サダヲ)が用水路に花びらのようなものを撒く印象的なシーンがあり、筧井雅也(岡田健史)の祖母の葬儀シーンへと続きます。そして、大和からの雅也宛の手紙が示され、雅也のナレーションで大和の過去が描かれていきます。大和のサイコパス的シリアルキラーシーンや逮捕された大和の裁判シーンです。証言台の大和は雄弁です。連続殺人が計画的であり、確信的なものであることが示されます。証言の際の映像には雅也の大学での日常が使われたりしています。

そして、タイトル「死刑にいたる病」が入り、これ以降が本編という扱いです。

見直してみましたが、この導入がよくないですね。プロットのポイントがうまく示されず散漫です。祖母の葬儀の扱いが大きすぎます。祖母も事件に絡んでくるのかと思いました。大和による青少年の殺害シーンも導入にしては冗長ですし、裁判での検察による被告人質問も意味不明で、大和の証言にもサイコパスさが微塵も感じられません。一般人が世の中への不満を言っているようなものです。

説明的で映画に奥行き足らず…

で、本編になり、雅也が拘置所の大和に面会し、その依頼を受けて、大和が逮捕されることになった最後の殺人事件を調べることになるという話です。その過程で雅也の周囲の人間がすべて大和に関わっており、実は雅也本人も大和の子どもではないかと思い始め、それがゆえに自分の中にも凶暴性が潜んでいるのではないかと恐れおののき、その時たまたまいた女に逃げ込むも、しかしその女も大和の手の内にあったというオチです。

この手の映画はほとんど見ませんので監督名は浮かびませんが、アメリカで撮れば面白くなりそうなプロットです。

一番は、大和のシリアルキーに現実感がないこととサイコパス度が不足しています。安部サダヲさんの問題ではなく、映画に奥行きがないことが原因だと思います。大和が子どもたちを自らの思うがままに動かすということも言葉で説明されていくだけで驚きのあるシーンがありません。言い方を変えれば人が惹きつけられる大和の人格が描ききれていないということです。シナリオと監督の問題でしょう。

日本のドラマは子ども虐待をネタにする…

金山一輝(岩田剛典)を出すのも早すぎるでしょう。それに大和が一輝を手懐けたその理由に親に抑圧された子どもは自尊心が低いから認めてあげることだと言い「自分で決めな」と手懐けるというのもねえ…。

冒頭の葬式のシーンで雅也の母親衿子(中山美穂)がビールを追加するかどうかを雅也に聞き、「お母さん決められない」というセリフが気になって仕方がなかったんですが、衿子も大和の手の内にあったということを言いたかったようです。変です。そんな言葉だけで示そうとすることが変です。

まあ結局、雅也も中学生の頃に大和のターゲットになっていたということらしく、その理由が雅也も父親から抑圧されていたからということです。大和がターゲットとするのは17、8歳の自尊心の低い子どもということらしいです。雅也が殺されなかったのはまだ若かったから? その後はあのパン屋へ寄らなくなったんですかね?

時間軸自体をどうもはっきりしない映画ですね。

ところでなぜ冒頭で祖母の葬儀を長々と見せていたかは、祖母は教師であり、またその子であり雅也の父親も優秀であったがゆえに出来の悪い雅也を虐待していたということを説明したかったからのようです。

いずれにしても、大和の人格がうまく描かれていないことが一番の問題でしょう。14歳のときに少女を暴行して殺しており、19歳で榛村桐江の養子になっていることを説明されても人物像は浮かんできません。

それに、その里親となった榛村桐江を、子どもの頃に父親から性的虐待を受け、後に人権活動家として恵まれない子どもたちを受け入れるボランティア活動をし、少年刑務所(少年院だと思う…)出の大和を養子にするという人物にしているのもこうした日本のドラマのパターンです。

雅也の母親衿子も榛村の養子だったと言っていましたね。無茶苦茶詰め込み過ぎでドラマとして消化しきれていません。それに気になったのは、衿子に子どもが出来て追い出されたなんてことを言っていましたが、どういう意味なんでしょう。もし養子となった榛村の家から追い出されたということなら、榛村桐江は本当に人権活動家? ということになります。

とにかく、さすがに DVD では集中してみることもできず、粗ばかりが目立つ映画でした(ゴメン…)。劇場で見ていればそれなりに見られたかもしれません。