ホワイト・ノイズ

ノア・バームバック監督のセンスが光るポストモダン混乱映画(笑)

マリッジ・ストーリー」「ヤング・アダルト・ニューヨーク」「フランシス・ハ」のノア・バームバック監督の最新作です。前々作「マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)」前作「マリッジ・ストーリー」に続いて今回もNetflix製作です。Netflix製作配信の映画が多くなっています。ただ、ここ最近は事前に短期間劇場公開されるパターンが増えてきていますので配信と劇場公開のバランスをどうするか模索でもしているのでしょうか。

ホワイト・ノイズ / 監督:ノア・バームバック

波と放射線

ノア・バームバック監督初の原作ものです。ドン・デリーロさんというアメリカの作家の1985年発行の『White Noise』という小説の映画化です。現在86歳の方です。

おそらく原作は発行時と同時代の設定なんでしょう、映画も1980年代の雰囲気で始まります。

始まってしばらくはかなり戸惑います。矢継ぎ早に放たれる言葉と映像についていくのが大変です。大学の講義だったのかもしれませんが、映画に登場した列車や車の衝突シーンが次々に映し出されてそこにナレーション(講義?)がかぶっています。その要点もなかなかつかみきれなかったのですが、衝突によって次なる希望が生まれる(違っているかも…)みたいなかなり楽天的なことを言っていたように思います。

続いて、ジャック(アダム・ドライバー)の家族のシーンになり、妻のバベット(グレタ・ガーウィグ)や子どもたちの会話が脈絡なく続きます。子どもたちは4人おり、ひとりがバベットとの子で後は前妻との子のようです。原作のウィキペディアによりますと、ジャックは4人の女性と5回結婚しているとあります。原作的には意味のあることだとは思いますが、映画では家族構成には大した意味はなかったです。

ただ、その人数による煩雑さが効果的でおもしろかったです。とにかく始まってしばらくの慌ただしさをすごいです。特に家族のシーンはよく撮ったなあと思います。家族の会話が交錯しますので、カメラも動き回りますし、編集も次から次へと切り替わります。もちろん流れるようにスムーズにです。

映画は3つのパートに分かれており、ひとつ目は「Waves and Radiation」となっています。なかなか掴みづらい映画なんですが、おそらく基本はアメリカ社会(文明社会)の消費主義を批判的にみつつ、社会に渦巻く陰謀論や集団ヒステリーをややシニカルに描こうとしているんだと思います。

大量消費の象徴的存在であるスーパーマーケットのシーンが結構あります。同じ商品が大量に並べられた棚が続き、その間をカートで進みながら次々に商品を入れていきます。それだけでもう批判的に見えます。

ジャックはヒトラー研究者です。でもドイツ語は話せません。ドイツ語を習うシーンがありましたので、アカデミー批判もあるのかもしれません。そして、ジャックの友人の教授でプレスリー研究者のマレー(ドン・チードル)がいます。この二人が共同で講義をするシーンがこのパートの山です。おもしろいです。いかに人間は扇動されやすいかということでしょう。ヒトラーに心酔するのもプレスリーに熱狂するのも本質的には変わらないということでしょう。

このパート1は物語的には脈絡がなくやや意味不明なんですが、バームバック監督のセンスのよさが詰まっています。ジャックとマレーの即興講義そのものもおもしろいのですが、そのシーンと同時に有毒物質を積んだトラックと列車の衝突事故を切り返しで見せていきます。そして講義が最高潮に達し、集団ヒステリー状態になると同時に列車を衝突させ、パート2へと持っていきます。

空中毒性事象

パート2は「The Airborne Toxic Event」、字幕で何と訳されていたか記憶していませんが、列車衝突事故の爆発により有毒物質を含む黒い雲が空に舞い上がり死をもたらす物質が降り注ぐ危険が生まれます。住人たちがパニックに陥り逃げ惑うという話です。

今やこれはもう現実的イメージを伴って想像できてしまいます。この映画は基本コメディですので生々しい人間の争いは描かれませんが、人が車に跳ね飛ばされたり、ジャックが娘のぬいぐるみのうさぎを必死になって取りにいく様などでパニック状態を見せています。

その他いろいろありますが(あまり記憶していない(笑))、このパートで重要なのは(それほどでもないけど…)ジャックが有毒物質を浴びてやがて死がやってくることを自覚するということがあります。

公式サイトを見ますと「死を恐れ錯乱してしまった大学教授」とか「現代に生きる家族が“死”を身近に感じる環境下」などと、やたら「死」という言葉が使われていますが実際にはそんなに「死」というものが感じられる映画ではありません。ただ、原作ではかなり重要な要素となっているようでもあり、書いていませんが、パート1にもジャックとバベットがお互いにあなたに先に死んでほしくないと言い合うシーンがあります。

ダイラーと死の不安

そしてパート3は「死の不安」から逃れんがためのブラックコメディになっていきます。

タイトルは「Dylarama」、造語だと思います。ダイラー Dylarという「死の不安」から逃れる(だと思う)錠剤を巡る話です。かなり混乱している印象のパートですが、意味不明でおもしろいです(笑)。

ジャックはバベットが白い錠剤を常用していることを知ります。ジャックが尋ねますと、バベットは本当のことを言えば聞かなければよかった後悔するよと言いつつ話し始めます。ダイラーはミスターグレイという男から手に入れており、その男はダイラーの交換条件として体を求めてくると言い、安モーテルで手に入れたと話します。

ジャックはミスターグレイにコンタクトをとり指定されたモーテルに向かいます。このあたり、よくわかりませんが何かのパロディかもしれませんね。とにかく、ジャックはモーテルでミスターグレイを拳銃で撃ちます。ああそうそう、その拳銃は同僚の教授マレーが、誰かを殺せば寿命が伸びるだったか、死の恐怖が和らぐだったかと言いながら渡してくれたものです。ジャックは2発(だったと思う)発射します。そして自殺に見せかけるために拳銃をミスターグレイの手に握らせます。そこにバベットがやってきます。ミスターグレイはまだ生きており、手にある拳銃を発射します。弾はジャックをかすめてバベットの足を貫きます。

重症を負った3人はドイツの修道院が運営する病院に運ばれます。ジャックは修道女に信仰心はあるのかと尋ねます。修道女は、神など信じていないが誰かが神は存在すると信じていなければ世界が崩壊する(そんなような意味合いだった…)と答えます。

ダンス・イン・ザ・スーパーマーケット

そして終章、すべては終わり、全員スーパーマーケットで踊ります(笑)。

ノア・バームバック監督のセンスが光る映画です。また、深く考えずに見れば楽しめる映画です。