1975年のケルン・コンサート

音楽映画ではなく、パンクロックな娘とパターナリズムの父親の愛憎物語

音楽映画だと思って観に行かないほうがいいですね。

キース・ジャレット、ジャズミュージシャンではありますがそれにとどまらないピアニストです。その超有名なザ・ケルン・コンサートを題材にした映画です。The がついています。

ただ、この映画はコンサートそのものを描いているわけではありません。

1975年のケルン・コンサート / 監督:イド・フルーク

ネタバレあらすじ

じゃあ何を描いているかといいますと、そのコンサートをプロモートしたのが当時18歳のヴェラ・ブランデスという女性だったという点に着目した、いうなれば青春物語みたいな映画です。

映画後半にはキース・ジャレットも登場しますが、演奏はしませんし、コンサートの音源が使われているわけではありません。

映画の視点としては、18歳(16歳から描かれる…)のヴェラ・ブランデスが父親の望む生き方に反抗して自分の意志を貫き通したというところにあります。

イド・フルーク監督はインタビューで、この映画のヴェラ・ブランデスはパンクロックだと語っています。また、自分はジャズ好きではないし、キース・ジャレットのことは知ってはいたが、ザ・ケルン・コンサートを聴いたときのこと(聴いたかどうかという意味かもしれない…)も覚えていないと答えています。

「ヴェラ・ブランデスがいなければ、ケルン・コンサートはなかった」

という映画です。

16歳のヴェラ・ブランテス、プロモーターになる

ヴェラ・ブランデス(スザンネ・ウォルフ)50歳の誕生パーティーから始まります。

最初のシーン、よくわかんなかったですね。ブランデスがドア越しに一人の参加者を見てアイツが来てる(だったと思う…)とつぶやいて赤のジャケットからグレー(だったよう…)のジャケットに着替えてパーティーに入っていきます。あれは誰だったんでしょう? ジャケットはどういうことだったんでしょう?

とにかく、そんなこんなで皆がブランデスの誕生日を祝っているところへ父親が入ってきていきなり話し始め、娘を褒めるのかと思いきやこの娘は失敗作だと言います。

そして、シーンは1973年(ということになると思う…)に移ります。

16歳のブランデス(マラ・エムデ)が親友とジャズクラブに来ています。ステージではロニー・スコット(ダニエル・ベッツ)が演奏中です。演奏が終わったスコットにブランデスがナンパを仕掛けます。遊び慣れているというよりは若さゆえの無鉄砲さといった感じです。スコットは戸惑いながらもバーに誘い、ブランデスに自分のツアーのマネージメントをしないかと誘います。君の誘いなら誰も断れないなんて言っていました。

このシーンのブランデスは25歳だとか適当なことを言っているわけですが実際は16歳です。演じているマラ・エムデさんは現在30歳、それ相応の見た目ですので、冒頭にこの映画を青春物語と書いてはみたもののかなり違和感があります。

ということで、これから映画1/3くらいはブランデスが緊張しながらも大喜びでライブハウスに電話したり交渉したりする様子や、それに学校へ行っていますので親友とのあれこれや父親をはじめとする家族との衝突が描かれていきます。

パンクロック青春映画? 父娘映画?

父親は自分は歯医者として成功したと考える人物です。ブランデスにも自分のようになれと言っています。兄は妹を嫌いだと言っています。ただ、後半になりますと妹を助けるようになります。母親は夫に従うタイプのようですが、後にコンサートに必要な1万マルクを貸してくれます。

そんなこんなで1/3くらい過ぎますと新聞の一面に「18歳にしてジャズの猛者(猛者って訳はどうよと思いますが、ドイツ語で何だったんだろう…)」と紹介されてしまい、家族の知ることとなり勘当されます。その後はアパートメントを借りて一人住まいということだと思います。学校はやめたんですかね。

この映画、描き方にダイジェスト版のようなところがあり、学校のシーンもそうですが、肝心のロニー・スコットのツアーにしても電話でブッキングするシーンだけで、スコットもあれっきりでライブのシーンも一切なく、それ以後他のミュージシャンのプロモートシーンも描かれていないにもかかわらずいつの間にやら「ジャズの猛者」になっていました。

そんなこんなで、ある時、キース・ジャレットのソロコンサートを聴いたブランデスはケルンでもコンサートをやろうと決意し、ケルン歌劇場の支配人に掛け合い、オペラ終演後の11時から劇場を借りることを承諾させます。まさしく押しの一手で承諾させるという感じです。条件は前金で1万マルクの支払いです。

それにしてもまずジャレットへの出演交渉を描かなくっちゃいけないんじゃないですかね。それにあのコンサートはどこだったんでしょう。そういう時間経過とか場所とかも曖昧な映画です。まあきっと何か意図があるんでしょう。実際、その後もほとんどブランデスとジャレットのシーンはありません。このあたりにこの映画が音楽映画ではないことつが表れています。

ヴェラ・ブランデスのパンクロック青春(みたいな…)映画ということです。

いや、違いますね、この映画、父娘映画です。この後ブランデスは父親に1万マルクを借りに行くわけですが、他のシーンに比べてブランデスと父親の会話シーンに結構重点が置かれています。思い返してみれば、冒頭のシーンの父親のスピーチでも褒めるのかと思いきや最後の言葉でひっくり返すみたいな台詞でしたし、この借金シーンでも、あるいは貸してくれるのかなという言い回しにも思えましたが最後に 1マルクたりとも貸さないと突き放していました。

ラストシーンも誕生パーティーの続きで締めています。父親は言いたいことを言って帰ろうとしたのでしょう、ブランデスは追っかけて父親に言い返していました。何でしたっけ? 最低な父親、こんなような言葉だったと思います。もちろんそのきつい言い回しにも憎しみがあるわけではありません。父親にしても同じことで、父と娘、お互いに認め合っているうえでのきつい言葉ということでしょう。

話がそれましたが、1万マルクは母親が貸してくれます。コンサートの宣伝やチケット売りは親友やボーイフレンドに、そして兄まで手伝ってくれます。このあたりは青春物語風です。

キース・ジャレット登場

突然キース・ジャレット(ジョン・マガロ)とマンフレート・アイヒャー(アレクサンダー・シェアー)が車でスイスからケルンに向かうシーンなります。マンフレート・アイヒャーは ECM レコードの創設者です。数年前の1969年創設ですのであんな感じで同行していたんですかね。

車で移動しているのは飛行機のチケットを換金しないとお金がなかったということらしいです。それが事実ならブランデスが手配したチケット言うことになりますね。

途中からジャーナリストのマイケル・ワッツ(マイケル・チャーナス)が同乗します。この人物はジャレットにその内面性を語らせるための創作だと思います。やり取りは多くはありませんが哲学者然としたジャレットの人物像をつくるためにうまく使われています。移動の途中、朝の冷たい空気の中、遠くを見つめるジャレット、車から降りて近づくワッツ、話しかけようとするワッツに遠くを見つめたままのジャレットは話は終わりだとつぶやきます。

このときのジャレットは実際に腰痛を抱えていたようです。映画でもその様子が描かれ、ケルンでの演奏にも消極的です。

一方のブランデスの方でも大問題が発生します。ジャレットはベーゼンドルファー・インペリアルを指定していたのですが、用意されていたのはベーゼンドルファーはベーゼンドルファーでも小型のセミコンである上にペダルが壊れているというとても演奏などできない代物なのです。

ここからがこの映画の見せ場ということでしょう。ブランデスは劇場に掛け合うも支配人がいない上に職員はまともに対応してくれません。ブランデスは親友たちを集めてケルン中のピアノがありそうなところに電話を掛けさせます。すると、なんと! すぐ向かいのなんとかという施設にあることがわかります。皆でゴロゴロと運び始めます。調律師が壊れる! と叫びます。下は石畳です。調律師が修理してくれることになります。

どの程度事実かわかりませんが、運送屋を呼んだほうが早いんじゃないのと思いながら観ていました(笑)。

最後の難関、ジャレットの説得です。どんな台詞だったかは記憶していませんが、結局のところキレたブランデスが挑発的な言葉をぶつけたということだったと思います。

そして、ジャレットはピアノに向かい演奏を始めます。その時舞台の袖のブランデスが目の前のピアノのカバーをめくってみれば 8オクターブの音域を持つベーゼンドルファー・インペリアルがそこにあるのです。

まあ、そんなことはありえないんですけどね(笑)。それにしてもどういうことだったんでしょう。スタインウェイがあればスタインウェイで演奏するでしょうし、歌劇場にどちらもないということは考えられませんけどね。

とにかく、演奏シーンはなく、スタンディングオベーションでコンサートは終わっていました。

そしてラストシーンはすでに書きましたブランデスと父親の父娘喧嘩で終わります。

感想、考察:パンクロックな娘とパターナリズムの父親

「ヴェラ・ブランデスがいなければ、ケルン・コンサートはなかった」

この映画はこれにつきると思います。それにしても18歳、いや18歳だからできたことかも知れません。

それにしてもキース・ジャレット、すごいですね。お聴きください。

CM にも使われています。

※スマートフォンの場合は2度押しが必要な場合があります

最近の日本の音楽シーンではあまりジャズという言葉さえ聞かなくなりましたが、キース・ジャレットのピアノソロはジャズというくくりではおさまりませんのでぜひお聴きください。

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