OXANA/裸の革命家・オクサナ

オクサナ・シャチコというアーティスト、アクティビスト、アナーキストを知るいい機会になった

これはかなり上級者向けの映画ですね(笑)。オクサナ・シャチコとはどういう人物かを教えてくれるわけではありませんし、ちょっと事前情報を入れておこうと経歴を読んでおいたところで、そもそも映画が何をやろうとしているのかうまく伝わってきません。オクサナ・シャチコを個人的に知っていて何らかの思い入れがある人向けという意味の上級者向け映画です。もちろん日本ではです。

OXANA/裸の革命家・オクサナ / 監督:シャルレーヌ・ファヴィエ

ネタバレあらすじ

なんだか茶化すような書き方をしてしまいましたが、この映画はよくも悪くも一定程度オクサナ・シャチことして認知されているフランスでこそ意味がある映画だということです。映画でも初の個展が成功したと描いていたようにアーティストとしての知名度も高かったようです。

オクサナ・シャチコは2018年7月23日にパリで亡くなっており、自殺だったということです。映画はその2018年を軸にして、両親とともに暮らす15歳(くらい…)の2002年ごろ、そして FEMEN を設立する21歳(くらい…)の2008年ごろからパリに亡命(かどうかははっきりしない…)する2013年ごろまでの5年間くらいが断片的に描かれています。

手法としても時系列で追っていくわけではありませんのでこれいつの時代? と混乱もしますし、その飛び方も回想というわけでもありませんのでモンタージュ効果もほとんど感じられません。

ただ、何をやろうとしているかわからないとは言うものの、基本的にはオクサナ・シャチコの揺れる内面を描こうとしているんだろうとは思います。印象としては8割方オクサナ(アルビーナ・コルジ)のアップ映像で作られている映画です。

ということですのでなかなか難しい上級者向けということになります。

宗教、共産主義、フェミニズム

映画はオクサナ・シャチコをややエキセントリックな人物として捉えているようです。問題はそれが何に起因しているかに触れていないためにあまり伝わってこないんじゃないかと思います。

今、オクサナに関する記事をいくつか読んだところでは宗教ですかね。そして、それを失ったときの虚無感を何が埋めていったかということかと思います。

オクサナは1987年にウクライナ東部のフメリニツキーで生まれています。8歳くらいからイコン画の教育を受けており、映画でもイコン画を描いて教会の聖職者からお金をもらっていました。父親は工場の閉鎖で失業して酒に溺れていました。オクサナの収入が一家を支えていたのかもしれません。当時、オクサナは修道院に入りたいと思っていたと語っています。

I was deeply inside all these institutional bodies, and because of it, I started believing in God. I always went to Church to pray. When I was twelve years old I decided to go live in the church, to paint icons and spend my life praying. I wanted to stop living a normal life and become a monk.

私はこうした宗教組織(イコン画の学校や教会など)に深く関わっていたために神を信じるようになりました。私はいつも教会に通って祈りを捧げていました。12歳の時、教会に住み込み、イコンを描き、祈りに人生を捧げることを決意しました。普通の生活をやめて、修道士になりたかったのです。
https://www.crash.fr/a-meeting-with-oksana-shachko/

さらにそのインタビューで「I was about to marry Jesus. 私はイエスと結婚しようとしていた)」とまで語っています。

それが何らかの理由により崩壊したんでしょう。アイデンティティ・クライシスですね。それに変わるものとして本人は共産主義に傾斜していったと語っています。ソ連的共産主義ではなく理念としての共産主義です。そして必然的に女性の権利、いわゆるフェミニズムに目覚めたということだと思います。このあたりをもっと丁寧に描いてくれればわかりやすく伝わってきたんじゃないかと思います。

本人が語るところによれば、母親が修道院に入ることに強く反対したそうです。

映画では、父親が家に火をつけ、その燃えるところをじっと見つめるオクサナのシーンを入れて家族との生活は終わっているように描いていました。

FEMEN、そしてアート

ウィキペディアには2000年にフメリニツキー自由大学(現在のフメリニツキー国立大学)に入学したとありますが、13、4歳くらいの年齢ですので間違っているか、大学進学のための中等教育ということかもしれません。いずれにしても大学では哲学を学び、この頃から活動家として活動するようになり、2008年、ハンナ・フツォル、アレクサンドラ・シェフチェンコとともに FEMEN を結成します。

「Ukraine is not a brothel. (ウクライナは売春宿ではない)」

映画はオクサナたちの活動だけを描いていますのでその背景がわからないのですが、実際にヨーロッパ人のための売春宿がたくさんあり、映画でもオクサナたちが政治家に抗議していたように権力を持った男たちはそこから利益を得ていたとのことです。

We decided to fight against this image of women. We also used sexuality to prove our points and explained you didn’t have to be ashamed of your body as a woman. Our bodies were our weapons.

私たちは女性に対するこうしたイメージと戦う決心をしました。私たちはこの主張を証明するためにセクシュアリティを用いて、決して女性としての身体を恥じる必要はないと訴えました。この身体を武器にしたのです。

もともと FEMEN は下着姿でデモをやっていたそうですが、オクサナがキーウでの抗議活動の際に着ているものを脱いで上半身裸になったそうです。これも映画で描かれていました。その後この抗議スタイルが常態化したようです。注目されることを利用したんだと思います。映画は FEMEN の活動をほぼこの視点で描いていたように感じます。

ただ、引用しているインタビュー記事を読んでいますとオクサナは違うことを考えていたようです。「あなたは FEMEN の活動をアートとしても捉えていたのか?」の質問に「その通りです」と答え、

As an iconographer, in some moments I wanted to make iconic images of our movement. After two years of figuring it out, I think I managed to create this image: the girl with a flower crown in her hair, the strong positions with the fist up and straight legs, the slogans on the body and the angry face. It’s a lot of work to put all those details together.
イコン画家として、自分たちの活動の象徴的なイメージをつくりたかったのです。2年ほど試行錯誤して、花冠をした少女、真っすぐ立って拳を突き上げた力強いポーズ、身体へのスローガンのペインティング、そして怒りの表情、こうしたイメージを作り上げてきたのです。

このインタビューは「CRASH」というファッションやアート系の季刊雑誌による2017年11月のものです。映画では初の個展と亡くなる時系列が近接しているように感じましたが、個展は2016年の5月からひと月ほど行われています。その後のインタビューですのでアーティストとしてインタビューを受けているということになります。

オクサナは2013年から2014年あたりに FEMEN を抜けています。映画はその理由をメンバーのインナ・シェフチェンコとの確執のように描いています。インナは先にフランスに入り FEMEN フランス支部を立ち上げていた人物で、映画ではウクライナのメンバーたちにインナが全然連絡してこないなどと言わせたりと組織を乗っ取ろうとした策略家のように描いていました。

実際にどうであったかはわかりませんが、どんな組織であれこうした主導権争いは起きるもので、特に組織が大きくなっていけば組織論というものが必要になり、少人数の時には楽しければよかったものが(誤解しないように…)そういうわけにはいかなくなります。オクサナはあくまでもアーティストだったということじゃないかと思います。

FEMEN 脱退についてはインタビュー記事の中でも触れており、「We stopped at the end 2014.」と「We」で語っており、今(当時…)の FEMEN は違うものと突き放している感じです。

As FEMEN, we fight against the patriarchy, the sex industry, against the cruel rules of fashion which treat models like objects, against dictatorships and all the religions. In every single religion, woman has taken second place, with all the decisions made by men. In my icons, I replace men, I put women in the center and fight against this ideology. My work is still very feminist.
FEMEN は、家父長制、セックス産業、モデルをモノのように扱うファッション業界、独裁政権、そしてあらゆる宗教と戦っています。どの宗教においてもすべての決定が男性によってなされ女性は二の次とされてきました。私の作品(イコン画)では、男性ではなく女性を中央に置くことでこうした考えに異議を唱えています。私の作品は非常にフェミニズム的です。

今の(2017年当時のフランスの…)FEMEN は FEMEN じゃないということでしょう。そしてまた、自分はアート作品で戦うと宣言しているということです。

感想、考察:アーティスト、アクティビスト、アナーキスト

結局この映画は、フランスではアーティストとしても、また FEMEN のアクティビストとしても一定程度知られているオクサナ・シャチコを前提として作られているんだろうと思います。ですので伝記映画というよりも、フランス人であるシャルレーヌ・ファヴィエ監督の見たオクサナ・シャチコ像なんだろうと思います。

実際、2014年に制作されたアラン・マルゴ監督のドキュメンタリー「Je suis Femen(私は Femen)」ではまた違ったオクサナ・シャチコが見られるようです。

※スマートフォンの場合は2度押しが必要の場合があります

キティ・グリーン監督の2013年のドキュメンタリー「Ukraine Is Not a Brothel(ウクライナは売春宿ではない)」という映画もあるようです。この中ではヴィクトル・スヴィアツキーという男性が FEMEN の創設者であり、活動を率いていたと描かれているらしいです(未確認…)。別に男性が入っていたっていいとは思いますけどね。

ところでオクサナ・シャチコのインスタグラムが残されていますので一度ご覧ください。アーティストとしての姿がよくわかります。