人はなぜラブレターを書くのか

実話にもとづいた実名で描いたゆえに映画にはある種の窮屈さと煮え切らなさが…

2000年3月8日に発生した営団地下鉄脱線衝突事故で亡くなった当時高校生の富久信介さん宛に20年後ある女性から手紙(実際は SNS らしい…)が届いたということです。そうした実話にもとづいた映画です。

人はなぜラブレターを書くのか / 監督:石井裕也

ネタバレあらすじ

その女性を主人公にした映画です。亡くなられた富久信介さんの実名でつくられていますので、映画はフィクションと言えどもかなり制約があったんだろうと思います。

必然的に無難な映画になりますし、ましてや東宝ですからね。脚本、監督は石井裕也監督、東宝で撮るのは初めてじゃないでしょうか。

と、確認のためググっていましたら CINEMORE という WEB マガジンのインタビュー記事でこんなことを語っています。

石井:メジャーな“東宝作品”としての構えで作ることは絶対の目標でした。ただ、この作品の構成は、実は通常のストーリーテリングのセオリーからかなり逸脱しています。そのため、脚本作りの段階では「もう少しセオリーに則って欲しい」と何度も言われました。
CINEMORE

ということだそうです。

2000年のナズナ

女性の名は寺田ナズナ、もちろん実名ではなく創作です。2024年(映画では24年後になっています…)のナズナは綾瀬はるかさん、2000年のナズナは當真あみさん、事故で亡くなる富久信介さんを演じるのは細田佳央太さんです。

2024年のナズナに関するシーンは完全なる創作で、時々2000年のシーンが事実に近いかたちでフラッシュバックされるという構成です。

2000年、信介(細田佳央太)は麻布高校2年生です。ナズナ(當真あみ)はいつも電車で見かける信介が気になって仕方ありません。ある日、ナズナは痴漢被害にあいます。恐怖で何もできないでいるナズナを信介が助けてくれます。それでもなにも言葉にできないナズナです。思い切って手紙を渡そうとします。そしていつもの電車に乗ります。しかし、その日、信介は電車に乗り遅れてしまいます。

信介が乗った電車は脱線衝突事故に遭遇します。

信介はボクシングをやっており大橋ボクシングジムに通っています。先輩には川嶋勝重(菅田将暉)がいます。この二人のシーンも結構あります。二人とも一番を目指す、勝重の方は世界チャンピオンになると言ってはばからず、とても気が合い、勝重が信介を可愛がるという描き方になっています。

この川嶋勝重さんも実在の人物で、試合の前には必ず富久信介さんの位牌の前で必勝を誓ったということです。川嶋さんは2004年にWBC世界スーパーフライ級チャンピオンになっており、トランクスには富久信介さんのイニシャル S.T. の刺繍がしてあったということです。

という、おそらく実話に近い話に可能な限りの創作を加えた2000年です。

2024年のナズナ

そして2024年、ナズナは結婚し、夫の寺田良一(妻夫木聡)と娘の寺田舞(西川愛莉)と暮らしています。

何度も言いますが、2024年は完全に石井裕也監督の創作です。

ナズナは自前の畑で取れた野菜を使った定食屋を営んでおり、おかわりの特大の塩むすびが人気です。この塩むすびは、たまたまナズナが信介の好物という話を耳にしたことからとられています。

ナズナの家族のシーンはなにか問題を抱えているようなどことなくぎこちない関係から始まります。良一は毎日のように飲んで帰ってきます。ナズナを気遣っているのにナズナが真正面から応えてくれないことに苛立っているように見えます。舞は両親がなにか隠していると感じています。ナズナはそれでも何もないかのように明るく振る舞おうとしています。

良一は舞にも言わなくっちゃいけないだろうとナズナに言います。

映画を観ている我々にはその時点でわかりますし、映画中頃でしたでしょうか、ナズナが医師から残念ながらと言われ、家族に話していますよねと念を押されていますのでその時点で明らかにされます。

ナズナはある日信介に手紙を書くことを思い立ちます。しかし、ポストの前に立ったものの出せません。そのままトートバッグに戻します。この手紙が巡り巡って舞の手に渡り、舞はその手紙を読み、そしてまた巡り巡って投函されてしまいます。

ナズナあてに信介の両親から返信が来ます。驚きはしますが、この映画、その手紙が主人公にはならず、ナズナの病気が主人公になっていますのでさらりと流されています。

この映画がどこに焦点を置いているのかはっきりせず最後まで煮えきらない中途半端さで終わっているのはここに原因があるということです。

手紙を主役に出来ていないということです。まあ、実名で描いていることの制約から逃れなかったということだと思います。

結局、ナズナは舞にも病状を話し、舞も薄々感じていたということでどことなくギクシャクしていた家族関係ももとに戻り、そしてナズナは亡くなります。

良一と舞はナズナのことを偲びながら生きています。

感想:実話の制約から逃れられず…

実名で描かず、実話をベースにした創作ものとしてつくったほうがよかった映画ですね。

創作であれば手紙を主役にしてナズナと亡くなった青年の話やその家族の話をいくらでも膨らませることはできますが、2000年の物語を実話で描けばこの映画以上の創作は難しいでしょう。

結局、2000年と2024年がほとんど融合することなく終わったということです。

「人はなぜラブレターを書くのか」の答えは出ず。

石井裕也監督の苦労が伝わってくる映画でした。完全オリジナルで撮ったほうがいいということだと思います。