FUJIKO

50年前の時代設定じゃ、コメディになってしまう…

MEGUMIさんプロデュース、木村太一監督で、その木村太一監督のお母さんの半生を題材にした映画とのことです。シングルマザーが力強く生きる姿といった紹介文がありますが、観てみればあまりそうした感じは残りません。

FUJIKO / 監督:木村太一

ネタバレあらすじ

もちろん主人公の富士子(片山友希)は子どもが生まれたばかりの頃に離婚しますのでシングルマザーということにはなりますが、この映画には子育てシーンはほとんどなく、一ヶ所、働くために保育所を探し回る姿を描いているシークエンスがあるくらいです。それに結構いい人に出会っているんじゃないと思います。

別に批判しているわけではなく、仮に富士子に子どもがいなくてもほぼ同じ物語ができるんじゃないのと思うだけです。なにせ描かれる時代は1977年からの数年間、50年後の今から考えれば女性の置かれた立場は不平等そのもので、男女平等なんて言葉だけの時代です。富士子ひとりでもあり得る物語です。

描かれるのは富士子の仕事の変遷

1982年のシーンから始まります。富士子は生命保険会社の営業です。ホテルの厨房裏で従業員を待ち受けて勧誘をしています。コックの男(リリー・フランキー)に勧めるもやんわりと断られます。外は雨、そのとき雷で停電になります。富士子は、私、雷で停電したときに娘を産んだんですと自分の身の上を話し始め、そして1977年のフラッシュバックになります。

1977年、雷で停電、まりが生まれます。夫は母親と姉とでクリーニング店をやっています。この時代、夫は外で働き、家事、子育ては妻の仕事という時代ではありますが、この夫家族はさらに酷く、家事、子育てはもちろんのこと、家業のクリーニング屋の仕事もしろと言われています。

ここでよくわからないのですが、この姑と小姑は富士子に子どもを連れてきて働けと言い、当然子どもは泣いたりしますので富士子が子どもの面倒をみようとしますと、子どもは自分たちが面倒みるからお前は働けと子どもを連れ去ってしまいます。

この姑と小姑の論理構造がよくわかりません(笑)。

とにかく、当然連れ去っても面倒みきれませんので、あれやこれやあって、子どもは突っ返され、富士子の方から離婚を通告します。このあたりの展開もちょっとばかり雑ですね(ゴメン…)。

その後、保育所を探し回るシークエンスがあり、続いて、どういう関係かも説明されないままの喫茶店のようなレストランのような店の経営者(MEGUMI)に住まいを提供してもらい、その店で働くことになります。しかし、給料も安いのでしょう、経営者に謝金を繰り返します。まあこれもどういうわけでお金が必要なのかも語らないまま、つまり映画はわかってるでしょと言わんばかりです。中にはこうした類型を利用することがあってもいいとは思いますが、この映画は紋切り型のドラマパターンが多すぎます。

日々の生活に追われている様子の富士子に店の常連がいい仕事があるよと、ちょっとやばそうな仕事に誘います。これがステレオタイプな展開であれば性搾取業界ということになるのですが、この映画は時代性もあるのか、単なるウケ狙いなのか、なんと! 賭場の賄い婦の仕事を持ってきています。賭場は藤純子さんの緋牡丹博徒のような世界です。

ここで富士子の作る焼きそばや丼物が博徒たちに超人気となり、チップがガッポガッポと入ります。富士子はレストランの経営者からの借金も返し、アパートを借りて引っ越します。刺青をしたお兄ちゃんたちが引っ越しを手伝っていました(笑)。

ところがそれもそう長くは続きません。賭場に警察の手入れが入り富士子も逮捕されます。ああ、そうそう、子どもは親切な保育所が預かってくれています。この保育所が見つかったのも、探し回っているときに、レストランの常連のお兄ちゃんとばったり出会い、そのお母さん(じゃなかったかも…)がやっている保育所が預かってくれることになっています。

釈放された後はどうなったんでしたっけ(笑)。ああ、父親の友人の蕎麦屋のおっちゃんが助けてくれ、そこで働くようになり、富士子はそのおっちゃんをジージとか呼んで自分の代理父親のように慕うようになっていました。

そしてフラッシュバックの最後はその蕎麦屋の客の生命保険会社の営業に仕事はないかと相談し、特に経緯も何も描かれませんが雇用されたようです。

で、1982年に戻り、ホテルのコックさんは情にほだされて保険契約をすることになります。富士子はその手を使っているようで、ホテルの従業員全員の契約を取り、売上がダントツトップとなっています。

保険会社への就職を相談した男からプロポーズされます。富士子の母親や兄は、女は結婚しなきゃ生きてけないぞと諭します。まあ圧迫なんですけどね。

しかし、富士子は結婚を選ばず、まりを連れてどこかへ旅立ちます。東京へということでしょう。

書いていませんが、そのきっかけとなるのは、映画の中頃で亡くなっている父親が残したレコード(レコードを焼いたんだね…)を聴いたことです。そこには若き頃の父親の声で、子どもたちに聞かせてくれとエレキギターの演奏が録音されていたのです。

ロック=自由ということなんですかね。

感想:50年前の時代背景で描いても…

こうやってあらすじを書いてみますと、表層ドラマだということがよくわかります。

MEGUMIさんへのインタビューを読みますと、女性をエンパワーメントする映画をつくりたいという思いがプロデューサー業を始めたひとつの理由だそうです。そのこと自体は素晴らしいことだと思いますが、その目的のための場としては映画は向いていないように思います。

「日本人女性の自己肯定感が世界最下位」だということを知ったことがそう考える要因になったとも話していますが、仮に自己肯定感が低いとしても、日本の場合、それは個人のせいというわけではありませんのでいくら頑張りなさいよといっても、あるいは頑張っている人を見せてもエンパワーメントにはつながらないのではないかということです。

ましてやこの映画は50年前の時代背景で描いていますのでコメディ系の映画にしか見えないと思います。

キャスティングは重厚でした。元夫の母親に YOU さん、コックにリリー・フランキーさん、保育所の女性に竹下景子さん、蕎麦屋のジージにイッセー尾形さん、富士子の母親に岸本加世子さんなど、MEGUMI さんの人脈でしょうか。