男の未練を愛というのなら、それは愛の残滓…
「ゴッドランド」のフリーヌル・パルマソン監督、アイスランドの映画です。始まってしばらくは断片的なシーンが続き、なんだろう、これは? と観ていますとだんだん面白くなってきます。有害な男性性を描いているのかなと観ていたんですが、おそらくそれは結果ですね。

ネタバレあらすじ
男の悲哀か、有害な男性性か
男目線の映画ですので、男性性の有害さを描こうとしているわけではなくむしろ孤独な男の悲哀みたいなものが結構出ている映画です。なにせ離婚した男、どちらかと言いますと離婚されたみたいな感じですが、その男がぷかぷかと海に浮かんだまま浮遊して終わる映画ですから(笑)。
そうしたシュールさが面白い映画です。
アンナ(サーガ・ガルザルスドッティル)は現代美術家で娘と双子の息子と犬のパンダ(名前…)と暮らしています。映画の中では、多分タペストリーじゃないかと思いますが、幾何学模様に切断した金属のサビを布に転写した作品を制作していました。ただ、あまり売れない作家のようで、画商がやってきてこれはいいと言いながらくだらない話をして、結局うちにはおけないと言い帰っていきます。
その画商が乗った小型機は墜落します。それもわざわざ墜落を撮っているわけではなく、たまたま撮れたといった感じの遠くで鳥が落ちていくような墜落シーンです。
そうしたギャグ的ジョークがふんだんに使われています。
元夫マグヌス(スベリル・グドナソン)は漁船に乗っています。あれは多分北極海に出る遠洋トロール漁船ですね。ですのでニュアンスとしては漁から帰ってくるたびにアンナのもとにやってくるのでしょう。そのたびにまだ家族でいたい願望を発散してまくっています。
アンナが帰ってと言っているのに泊まろうとしたり、車の中でここでやらないかとか言ったりします。ただ描き方は男擁護的ですので、キリッとしたアンナとの対比で可哀想に見えたりします(笑)。
家族で、といってもマグヌスが勝手についてきたんだとは思いますが、皆でハイキングに行き、寝転がるマグヌスの上をアンナがまたいでいく際にふわっとしたスカートの中が見えるカットを入れたりするフリーヌル・パルマソン監督です。下からのカットもあります。

そう言えば、アンナと電話で話す男は有害な男性性丸出しでしたね。それに漁船には女性のピンナップ写真が貼ってあったり、漁師たちの会話もどちらかと言いますとゲスっぽい感じでしたのでフリーヌル・パルマソン監督にもこうした点についての何らかの意識はあるのだと思います。
子どもたちを定点観測
という夫婦の関係とちょっと切り離されている感じでアイスランドの風景とともに子どもたちの日常が定点観測されていく印象の映画でもあります。
下のトレーラーがこの映画の各シーンを網羅しています。ただ本編はもっと断片的な印象が強い構成です。
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3人の子どもたちはフリーヌル・パルマソン監督の実際の子どもたちとのことです。映画には丘の上に人形(マネキンかな…)が置かれ、甲冑が着せられたり、弓矢の的にされたりするシーンが一年間の定点観測のように撮られています。このシーンにはアンナやマグヌスが登場していなかったように思います。子どもたちのシーンはフリーヌル・パルマソン監督が日常の中で1年、2年と撮りだめした映像かも知れません。

この人形もシュールと言えばシュールです。いきなり空から剣が落ちてきたりします。隣りに立っているのがその剣です。シュールと言えば、マグヌスが大きな鶏に襲われるシーンもありました。マグヌスがやらせてくれないアンナへの腹いせに鶏を追いかけておそらく一羽殺したんでしょう。
甲冑に矢を射るシーンでは男の子に矢が刺さり病院へ運ばれます。マグヌスが海に放たれる(まさしくそんな感じ…)のは漁船にその知らせが入ったため仲間たちが早く帰れという流れだったように思います。
もう見てから2、3日経っていますし、あまり細部が記憶に残るような映画ではありませんので間違っているかもしれません。
感想:マジックリアリズムで愛の残滓を描く
アイスランドの風景とシュールさが奇妙なバランスで成り立っている映画です。ただセルフィーみたいなところもあり、感情移入できるような映画ではありません。
アイスランドの風景を楽しみながら、時にくすっとしたり、えっと思ったり、ふむふむと納得したりする映画かと思います。