モロッコや西サハラに来てまでレイヴして欲しいなどと誰も頼んでいないけど…
希望も絶望もない虚無的な映画ですね。その意味では今の先進国(ヨーロッパ限定かな…)が置かれている、いやそうじゃなくて自ら入り込んでしまった、先へも進めない、後退りもできない八方塞がりの状態のまま放心している姿じゃないかと思う映画です。そんなつもりはないか(笑)。

ネタバレあらすじ
この映画、人によっては事前にネタバレを読むことは避けたほうがいいかもしれません。私はそうしたことは気にせず観る方ですので、この映画でも、その瞬間、えっとは思ったものの次の瞬間にはどうやって撮ったんだろうと、そちらに気持ちがいく観方をしてしまいます。
捜索もの、ロード・ムービーもの、ファミリーもの、そして…
父親ルイス(セルジ・ロペス)と10代半ばくらいの息子エステバン(ブルーノ・ヌニェス・アルホナ)の父子が、レイブイベントへ行ったまま帰ってこない娘を探してアフリカモロッコのレイブイベントにやってきます。
こう始まれば当然娘を探すことを軸に映画は進むだろうと思いますよね。でも、この映画はそんなことあっさり忘れてしまいます。かなり邪道なんですが、それでも一応映画として見られるのは、早い話それどころじゃない状態をつくっているからです。
モロッコでのレイヴイベントはモロッコ当局から解散命令が出て当局の監視のもと退去させられます。しかし、あるグループがそこから抜け出してモーリタニアで行われる別のレイヴイベントに向かいます。ルイス父子もその一行の後を追います。
その後しばらくはロードムービーもの展開となり、やがて親子がレイヴァーたちと親しくなるファミリーもの展開となるも、ある時エステバンが車ごと崖から落ちて死んでしまいます。落ちたエステバンを探しにいくことにしたからなのかあまりはっきりはしていませんでしたが、一行は砂漠地帯に入り、何を目的に進んでいるかもはっきりしないまま進み、ある時砂漠の真ん中にスピーカーを出してレイヴパーティーを始めます。しかしそこは地雷原です。ハイになった一人が地雷を踏んで爆死します。残された者たちを恐怖が襲います。車を自動発進させて脱出ルートを見つけようとしますがその車も爆発、そして、その後二人が爆死し、ルイスを含む残された三人は絶望の淵に落とされることになります。
映画のざっとした流れはこんな感じです。
ルイスにしてみれば、娘のことよりも目先のエステバンのことで頭はいっぱいになるでしょうし、地雷によって自らの死が目前に迫る恐怖に直面すればエステバンのことさえ吹っ飛んでしまうということでしょう。
そしてラストシーンでは、なんとか地雷原を抜けたらしい三人はモーリタニア鉄道の貨物列車に救われて大西洋沿岸のヌアディブに向かっていると思われます。三人はみな腑抜けのような表情をしています。
何もモロッコでやらなくてもいいんじゃないの
この映画、背景に戦争というものをちらつかせています。第三次世界大戦(字幕…)の言葉も使われており、そのことにどういう意図があるのかははっきりしませんが、少なくともあの砂漠地帯が紛争地帯であることは明示しています。
一行が迷い込んだあの砂漠は西サハラです。西サハラは日本が承認していない国家で、現在モロッコが7割程度を実効支配し、独立を目指すポリサリオ戦線との間で戦闘が続いています。この組織はアルジェリアの支援を受けており、1976年にはサハラ・アラブ民主共和国建国を宣言してアルジェリアに亡命政府を置いています。現在西サハラの3割程度を掌握して臨時の首都もあるようです。
あの一行はモロッコからモーリタニアに行こうとして西サハラの紛争地帯に入り地雷原に迷い込んだということです。
この西サハラ、それ以前はどうだったかと言いますと、約90年間スペイン領として植民地支配されてきている地域です。当初から先住部族の抵抗で統治はうまくいかなかったこともあり、また1975年はフランコ独裁政権が終わるころで国内の混乱もあったのでしょう、スペインは領有権を放棄しています。
これは映画ですからどうこういうものではありませんが、そもそもあのレイヴイベントはモロッコ当局から排除されるわけですから無許可でしょう。その状態で砂漠に巨大なスピーカーを持ち込んで多くはヨーロッパのレイヴァーたちを呼んでレイヴイベントを開いているわけです。遊牧民の羊飼いと出会うものの逃げていくシーンがあります。何らその土地とつながりのない存在です。
私にはヨーロッパ先進国の帝国主義的なもののメタファーにしか見えません。オリベル・ラシェ監督にはその意図はなさそうですのであくまでもその傲慢さが思わず出てしまったということです。
実際、あの2台のトラックのレイヴァーたちはいかにも砂漠に精通したノマドのように振る舞っていますが、そこが紛争地帯だということも知らずに西サハラの砂漠地帯を抜けようとしたことになります。それに何にしてもやっていることは刹那的な自分本位のものです。
まさしく先進国の思い上がった傲慢な態度を示している映画ということです。
感想:スピリチュアルな世界に逃げ込んでも…
こんなうがった見方をするのもどうかとは思いますが、結局のところ、自分たちで壊した世界を見て嘆いたり虚無ったりしてもそれはセルフエクスキューズでしかないということです。
多くの場合、その先にはスピリチュアルな世界しかありません。この映画もそうですね。
ところでルイス家族のことをちょっとみてみますと、あの父子はスペインからフェリーでモロッコにわたり車中泊を繰り返してどこともわからないレイヴ会場を探しながら映画が描く会場にたどり着いたと考えられます。どこから来たとか、家族のことなど何も説明されませんので、と言いますか、あまり考えられていないとは思いますが、スペインでの社会生活の影がまるでありません。つまり、もうすでにスペインでの生活基盤は失われていると考えるべきかと思います。
つまり、ルイスは娘を探しに来たとは言っていますが、仮に娘を探し出しても戻る場所はすでになく、言い換えれば逃げてきたとも言えるわけで、爆死シーンなどやめて娘を探し出した後、あの一行とノマド生活をするという別バージョンのほうが映画らしくて面白いんじゃないかと思います。
ゴメン、余計なことでした。