だからなに、からもう一歩進まないと…
「urchin」というのは「ウニ」とか、古風な使い方では「わんぱく小僧、いたずらっ子」と言った意味で、日本語でいうストリートチルドレンを street urchins と言ったりするようです。映画が描いているマイクをストリートチルドレンというにはさすがに年齢がいき過ぎている気はしますが、いわゆる大人になりきれないという意味では urchin なんでしょう。

ネタバレあらすじ
マイクがいることは分かる、が…
マイクの年齢設定をいくつにしているのかわかりませんが、演じているフランク・ディレインさんは1991年生まれの35歳です。
ロンドンです。マイクは路上生活5年と言っていました。日本語語感の路上生活者という感じではなく、言葉通りのホームレス、荷物はゴミコンテナ(みたいだった…)の奥に隠してあり、その日うまくねぐらにありつければ御の字、なければどこででも寝る日々のようです。映画だからということもありますが、着ているものもくたびれてはいても汚れてはいませんし、行き交う人が避けていくこともありません。
社会から孤立するはっきりした要因も感じられませんし、薬物依存にも見えませんし(後半に摂取シーンはあるが…)、コミュ症傾向があるようにも見えず、なぜマイクが路上生活に入ったかは語られません。数シーン、マイクのフラッシュバックのような、幻想シーンのようなシーンが入ります。母親のような女性がマイクの求めを拒否して去っていくようなシーンとか、洞窟のような映像があります。
おそらくマイクの空虚な精神性を表現しているんだろうとは思いますが、あまりうまくは伝わってきません。
ですので、年齢的に大人になっても社会的な意味においては大人になれない青年を描いていることはわかりますが、率直なところ、で、なに、とは思います。そうした人を否定しているわけではありません。
そもそも社会が個人的実存とは相容れないことは自明ですので、それを単にそうしたものと描いたところで何も生まれないということです。
別に特別じゃないんじゃない
路上で目を覚ましたマイクは道行く人に小銭をせびり(誰もくれません…)、開店前の店でスマホの充電をさせてもらい(追い出される…)、荷物を取りに行きますとお金がなくなっており、知り合いのネイサンを探し出して金を返せと言い争いになり、止めに入った男にベーグル(だったか…)をせびり、その途中でその男に殴りかかり時計を盗み、質屋で換金しようとするも逮捕されます。
8ヶ月(だったか…)で仮釈放となり、ソーシャルワーカーの支援で社会復帰を目指すことになります。期間限定でホステルに滞在し、レストランで働くことになり、夜はカセットでポジティブ・アファメーションのような録音を聞く日々です。
ただそう長くは続かず、ソーシャルワーカーのもと暴行を加えた男と対面で話すことになり、耐えられず逃げ出します。また、レストランの仕事もうまくこなせず(ということだと思う…)解雇されます。
以前、ゴミ収集の仕事で一緒になった(かどうかはっきりしない…)アンドレア(メーガン・ノーサム)に電話をし、仕事にありつき、そしてアンドレアと親しくなります。アンドレアはキャンピングカーを買い、車上生活をしています。同じく高齢の車上生活者かと思われる男女と薪&ドラッグパーティーをします。
※スマートフォンの場合は2度押しが必要な場合があります
その後、ちょっと意味がわかりませんが、コンテンポラリーダンスを観に行き、自分のやった暴行シーンがよみがえり椅子を蹴って退場し、後日、清掃の仕事も解雇され、まもなくホステル滞在の期限が切れることからアンドレアにしばらくここにいていいかとねだるも拒否されて追い出されます。
そして、クラブか何かで飲みまくり(多分人の酒…)、暴れて追い出され、コンビニで酒を買おうとするとお金がなく放り出されます。
ラストは幻想シーンで、神殿造りのような建物の奥行きのある通路に倒れて、坂道のように滑っていき、男(あれ、マイク?よく分からなかった…)に誘われていきますと、男はドアを開けてマイクを突き落とします。虚空の中のマイクのながーいシーンがあり、暗闇の中で膝を抱えて横たわるマイクの姿で終わります。
感想:もの足らず
監督のハリス・ディキンソンさんは10年くらい前から短編を何本か撮っており、この映画が長編デビュー作とのことです。
俳優としては何本か観ています。「SCRAPPER/スクラッパー」とか
よく挙げられるのは2022年のカンヌのパルムドール「逆転のトライアングル」でしょうか。
映画.com の紹介文には「路上生活者や依存者の支援団体をサポートしてきた経験に着想を得て」ということも書かれていますが、であれば、マイクのような人がいるということではなく、幻想シーンで描いていることを現実感を持って描いてほしいとは思います。