これって生きてる?

ブラッドリー・クーパーさんがやっと映画監督らしい映画を撮った…

ブラッドリー・クーパーさんの「アリー スター誕生」「マエストロ:その音楽と愛と」に続く監督3作目です。やっと監督らしさが出てきた映画です。

これって生きてる? / 監督:ブラッドリー・クーパー

ネタバレあらすじ

別居した夫婦のその後を描いている映画ですので、多分それ相応の年齢になっていないと観ていても面白くないでしょう。

いや、年齢というよりも経験や想像力でしょうか。その意味では大人の映画です。

それにタイトルの「これって生きてる?」も何のことかわかりにくいですね。原題は「Is this thing on?」、 Google 翻訳では「これ、電源入ってる?」となりますが、マイクテストなんかに使うフレーズらしく「このマイク、生きてる?」といった意味です。

どういうことかは映画を観るとわかります。夫のほうが別居後にふと立ち寄ったクラブのオープンマイクナイトに参加してスタンダップコメディを始めることが軸になっていますのでそこからとられているのでしょう。それに夫婦関係のなんらかのニュアンスも込められているのかも知れません。

もうこのへんにしようか。そうだね。

アレックス(ウィル・アーネット)とテス(ローラ・ダーン)は結婚して20年、二人の子どもがいます。しかし今、夫婦は離婚の危機に直面しています。

歯磨きをしながらいきなり「もうこのへんにしようか」「そうだね」との会話から始まります。もう何度も同じことを話し合ってきたのでしょう。

ということで、まずは別居、アレックスがアパートメントを借りてひとりで暮らすことになります。もちろん子どもは交互に面倒を見ることになります。

二人には出会った頃からの数人の友人がいるようです。多分ハイスクール、あるいはカレッジからの付き合いかと思われます。今でも時々集まって昔のように騒いだりしています。その中でクリスティーン(アンドラ・デイ)とボールズ(ブラッドリー・クーパー)の二人がそれぞれクリスティーンはテスに、ボールズはアレックスに絡んでくる役割です。

ボールズは売れない俳優、クリスティーンが何をしているかはわかりませんが、テスがバレーボール界にコーチとして復帰する後押しをします。この二人もあまりうまくいっておらず、アレックスとテスに刺激を与えたり、足を引っ張ったりする役割です。

この映画が映画らしいところはこういうところです。20年一緒に暮らしてきた夫婦に危機が訪れることなど説明しなくてもわかりますし、友人たちがどういう存在かなど説明する必要もなく、会話の端々で感じられるようにつくられています。

こういう映画の字幕は難しいですね。

仲間たちとのパーティーから駅での電車のシーンにかけての流れが観ている時はよくわからなかったんですが、多分、アレックスとテスの住まいは郊外にあり、パーティーはクリスティーンのアパートメントで行われ、テスは家に帰るために電車に乗り、アレックスは習慣で一緒に乗ったけれども、あ、いけないと降りたということだと思います。それに、クッキーはマリファナ入りじゃないかと思います。そのためアレックスはハイになり、次のオープンマイクシーンにつながっているんじゃないでしょうか。

オープンマイクとバレーボールコーチ

アレックスはクラブの前で興味深く中を覗き、ハイになっていますのでわけもわからず名前を書いて入っていきます。

このコメディクラブってやつですね。映画の中では入場料は15ドルですが出場者は無料で入ることができることになっていました。

アレックスは自分の別居話や夫婦間のことをネタに話をします。おそらく客は好意的に受けとめて笑うことがルールみたいな空間なんでしょう。なぜそこで笑える? って感じではあります。文化的価値観の違いかも知れません。

アレックスがこの経験で何を感じたのかを映画から読み取ることはできませんでしたが、この後の展開としてはどんどんのめり込んでいき、あたかもこれが天職であったかのように生き生きとなっていくという映画です。ネタ帳までつくっていました(笑)。そして、最後にはクラブからプロ枠の10分を与えられるまでになります。

一方のテスにはバレーボールのナショナルチームのコーチ就任への要請の話が舞い込みます。テスはバレーボールのトップ選手でしたが結婚後は離れていたということです。

この映画は基本アレックスの映画ですので、テスのコーチ就任の話は二人の関係を復活させるためのもの程度にしか描かれません。

まず、アレックスがオープンマイク仲間の女性と関係を持ちます。アレックスの下ネタトークからの流れだったと思いますが、女性の方に、私たちやるべきよ、やりましょなんて言わせていました。

同時に、テスにはバレーボール協会かなにかの男性と食事をさせ、ちょっとと席を外させてバスルームの鏡の前でブラウスのボタンをひとつ外させ、その後男性に面白いところがあるよと二軒目を誘わせるという、実際の行動はなくてもテスにもなにか期待するものがあるという見せ方をしています。

まあ、その後男性が誘ったのはコメディクラブという流れで、そこでテスがアレックスのスタンダップを聞く(見る?…)ことになります。プロ枠で10分をやらないかと誘いを受けたスタンダップです。それも妻以外の女性とやったという下ネタトークから始まり、それでもその後妻が恋しくなったと言い、うまくいかなくなるのはお互いの遠慮みたいな話(だったような…)をして、なぜそれが受けるのかわからないけれども結構受けて終わっていました。

これがアメリカの価値観かなとは思いますが、その後アレックスはテスがその場にいたことを知り、後を追い、そこであれこれ話すうちに盛り上がり、その後セックスとなり、二人とも出会った頃のようだと盛り上がっていました。

大人の映画と書いたのを訂正します(笑)。

一緒に不幸になろう

その後二人はティーンの頃のように隠れるように会うという関係になります。

まあ、恋愛と結婚は別物ということでしょう(笑)。

こうやって大筋だけを書いていますとこの映画中年夫婦の恋愛ごっこみたいになってしまいますが、この映画のポイントは会話じゃないかと思います。聞き取れるところも少なくどうして字幕に頼って観てしまいますので会話のつながりがよくわからないところがとても多いです。特にパーティーのシーンなどは数人がワイワイしゃべるわけですからさっぱりわかりません。でも映画のつくりとしてはそういうところを大切にしているようですし、アレックスとテスとの会話にしてもその言葉一つ一つで気持ちの変化が起きているようです。

とにかく、再び燃え上がった二人は、たとえばアレックスがサプライズでバレーボールの練習会場まで40なん分もかけて迎えに行ったり、そのことにテスが怖いけど楽しいとまるで結婚前の恋愛状態のよB0GWW3K5RDうになります。

そして再び仲間たちとのパーティー、間違いなくハイスクール時代からの仲間ですね(笑)。ゲス・フーという子ども向けのゲームで盛り上がっていました。ここでもアレックスは皆に見つからないようにテスの部屋に忍び込んだりしています。

このパートでは二人よりもむしろクリスティーンとボールズ夫婦の危機がポイントになっていたと思います。ボールズはアレックスを見て自分も一歩踏み出す勇気が出たよと言い、離婚して(と言っていたような…)テキサスの仕事を受けると言います。また、クリスティーンの方はアレックスに、私の秘密を聞きたい?と言い、あなたを軽蔑している、なぜならあたなは私似ているからと、かなり難しいことを言っていました。

翌朝、クリスティーンは朝食の準備をしながら Amazing Grace を歌っています。

後日、アレックスはテスを喜ばせようと自分のアパートメントにテスの選手時代の写真を飾っていると見せます。テスは喜ばず、今の私じゃないと言い、それ以後二人の間は再びぎくしゃくすることになります。

アレックスの父親がスタンダップを観に来ます。そして帰り際、アレックスに今を乗り越えるために自分自身に寛容(the grace)になれと言い残していきます。書いていませんがこの言葉は映画の早い段階でアレックスの母親がテスに言っていた言葉です。

後日、ボールズはアレックスにテキサスへ行ってきた、クリスティーンと9日間も一緒にいたと報告しに来ます。

また後日、アレックスはテスのもとに駆けつけ、スマートホンの写真を見せます。そこには不機嫌そうなテスが写っています。アレックスは、今の君だ、この君が好きなんだと言い、そしてかなり難し言い回し(結婚が不幸だったんじゃなくて、なんたらかんたら…)をし、一緒に不幸になろうと言います。

アレックスとテスもやり直すことになりそうです。

そしてラストシーンは学校での子どもたちのバンド演奏で楽しく体を揺らすアレックスとテスです。クイーンとデヴィッド•ボウイの「Under Pressure」が流れています。

※スマートフォンの場合は2度押しが必要です

感想、考察:自分自身に寛容(the grace)になれ

台詞の理解が追っつかずかなり難しい映画です。

それでも何となくブラッドリー・クーパー監督もやっと自分のためだけではない、本当に映画らしい映画をつくることに目覚めたようだと感じる映画です。

一作目の「アリー スター誕生」はガガさんでもっていた映画ですし、

二作目の「マエストロ:その音楽と愛と」はブラッドリー・クーパーさんの俳優としてどうだっ!みたいな映画でしたし、この映画でやっと映画監督としての力を発揮できた映画だと思います。

ただ、日本的価値観ではかなり難しいです。

まだアメリカ的価値観におさまっておりワールドワイドになっていないということでしょう。もちろん、今後どうなるかは映画を観てみないとわかりません。アメリカだけで成り立つ映画というものもあるのですから。