在日コリアン一家、父と娘のアイデンティティのゆらぎ
在日コリアン一家のアイデンティティのゆらぎが丁寧に描かれています。言葉にするにはセンシティブなことも多いこのテーマですのでかなり抑えめにつくられている印象です。

ネタバレあらすじ
朝鮮学校の中級(中学)に通うソヒ(恒那)と朝鮮初級学校の校長である父サンジュ(井浦新)、ふたりの心の動きが軸になっています。
ソヒの家族は父と母ミリョン(市川美和子)と弟の四人家族です。住まいは戸建ての分譲住宅でいわゆる中流家庭にみえ特に貧しいというわけではありませんが、サンジュが家計のために酒もタバコもやめたと言っていますし、映画中頃では洗濯機が壊れても買い替えられないとミリョンが嘆いています。
多分サンジュは朝鮮総連に金銭面でも協力している(具体的にはわからない…)ということだと思います。映画後半にソヒが売ってしまうサンジュの勲章もそうした貢献に対するものでしょう。サンジュは北朝鮮にシンパシーを感じているということであり、その理由に苦しいときに助けてもらったと言っています。
ミリョンにはそうしたアイデンティティ絡みの台詞はなく、とにかく生活一番といった人物になっています。サンジュが冗談でここの間に38度線があるといっていますのでおそらく韓国籍の在日コリアンということでしょう。
ところで今ウィキペディアを読んで知ったんですが、朝鮮籍の在日コリアンがすべて北朝鮮籍というわけではないそうです。在日コリアン(特別永住者)の歴史的経緯はある程度知ってはいますが、この映画であらためて確認し直すことになりました。
在日コリアン一家の日々
ソヒは朝鮮学校に通う14歳、部活動では朝鮮舞踊部に入り日々練習に励んでいます。この学校は毎年全国大会で銀賞を受賞しており、今年こそは金賞をとさらに力が入っています。そのための練習が始まり主役に友人のリョニ(原田花埜)が選ばれます。
この映画はスポ根系ライバルドラマではありませんので生徒同士の争いなんてものは一切ありません。安心して観てください(笑)。
一方、初級学校ではサンジュが数人の生徒相手に体育の授業を行っています。サンジュは来年の新入生が一人もいないと嘆いています。ソヒはそんな父親に複雑な感情を持っているようです。言葉では語られませんが、日本で育ち日々日本語で生活しているわけですので父親と違って朝鮮人アイデンティティを持ちきれないということだと思います。
後日、サンジュが家族ぐるみで親しくしている家の子どもが入学することになったと大喜びで帰ってきます。ソヒは父親が無理やり説得したと思い、内心反感を持ちます(ということだと思う…)。
ソヒにしてもサンジュにしてもこうした心の動きがていねいに描かれていく映画です。そうした静かなる内面が表立つ事件が起きます。
学校の事業として一般校(一条校)との交流会が開かれ、ソヒは BTS つながりで未来(梨里花)と親しくなります。一緒にコンサートに行こうと話し合うもソヒはファンクラブにも入っていません。入るお金がないということです。未来がフリマサイトで稼ごうよと言い、ソヒは両親から不用品を出してもらい出品して収益を得ます。さらにコンサートのチケット代を稼ごうと父親の勲章を出品してしまいます。
事件です。
事件は静かに起き静かに収束する
となるところですが、この映画、この後も実に静かに進みます。ドラマチックさを避けているんだとは思い、それはそれで好感は持てますが、ただエンディングのありがちなまとめからしますとこの後の展開はあまりバランスがよくありません。
サンジュにとっての勲章はアイデンティティの象徴だと思われますので、ドラマ的には(あくまでもドラマ的には…)もっと打撃がなくちゃいけないですし、ソヒとの対峙にしてももっと明確なエピソードが必要かと思います。
ソヒは、勲章は父親が大切にしていたものだと知り、同じものを探したり、未来のおじいちゃんが営む鉄鋼所で作ろうとしたりし、最後には勲章を買った人を見つけて買い戻そうとします。その人はソヒの前にどれがいい? と蒐集した数え切れないほどの勲章を広げます。結局ソヒは買い戻すことをやめます。
勲章そのものに意味はないと感じたということだとは思いますが、わかったようでわからないですね。14歳にしてみればとにかくことをなかったことにしたい必死さが必要ですし、父親の物分りのよさもファンタジー過ぎます。公園でのやり取りでなかったことにしてしまうのはあまりにもふたりが大人過ぎます。
そして朝鮮舞踊です。勲章の件と同時進行で進んでいることですが、主役のリョニがケガをしてソヒが主役を務めることになります。しかし、勲章のことや父親へのわだかまりで集中できず、また朝鮮舞踊そのものへの迷いもあり(ということもあるのでしょう…)うまくいきません。それでもリョニが助けてくれたりと乗り越えていきます。
ただ、ここのソヒの変化も映画的にはあまり明確になっていません。リョニのサポート、勲章の無意味さを感じたこと、それに立ち会った際の未来の言葉、そして父親と心が通じ合った実感などから全体としてだとは思いますし、まあ現実はそんなものですが、ただ映画的強靭さというのは思い切りがないと生まれないこともあります。
朝鮮舞踊の全国大会、ソヒの学校は銀賞受賞で映画は終わります。ソヒは父親にトロフィーを渡します。ふたりの互いのかなり長い言葉のないカットの切り返しがあります。
意図はわかりますが、台詞はないんだとちょっとばかり違和感を感じたエンディングでした。
感想:映画には強靭さも必要
孫明雅監督の長編デビュー作とのこと、丁寧さと抑制されたつくりには好感を持ちますが、やはり映画的な強さはもう一歩踏み込まないと生まれないように思います。
ソヒを演じている恒那(はんな)さん、ソヒという役に現実感があるのかとてもよかったです。俳優としても将来性を感じます。