いわゆるワンオペの話ではなく、世の中のすべてを敵に感じる母親という存在の映画
いわゆるワンオペの話ではなかったです。なんと言いますか、「怒り」という感情を2時間見せつけられる映画と言えばいいんでしょうか。なにせ、原題が「If I Had Legs I’d Kick You」ですからね。ただ、多くの人が蹴飛ばす側ではなく蹴飛ばされる側に立たされる映画だとは思います。

ネタバレあらすじ
世の中のすべてが自分の敵
特に物語というものはありません。リンダ(ローズ・バーン)が最初から最後まで怒り狂う映画です。
なぜ怒り狂うかはすべてが思うようにいかず、世の中のすべてが自分に敵対しているように感じるからです。
娘(10歳未満と思われる…)が成長不全のため経管栄養法を取っています。なぜ成長不全なのかについてはなにも語られません。映画として重要と考えらていないからでしょう。そもそもラストのワンカットまで娘の画はなく声だけなんですが、まあそれは手法ですので置くとして、映画が見せたいと考えているのは、リンダが早くチューブを外したいと主張することを医師が聞き入れず、それがためにリンダが苛ついていくところだと思われます。
そんな感じで苛つく原因が次々にやってきます。そして、それが最後まで続く映画です。ピザがひっくり返るのもそのひとつです(笑)。
夫は出張中です。リンダは手が離せない娘の面倒を見つつ仕事もしています。夫と電話で話すシーンが何度も出てきますが、夫はリンダが頼ろうとしても仕事が忙しいと聞く耳を持たず突き放すだけです。ほとんどのシーンでリンダはスマホに怒りをぶつけっぱなしです。
家に帰れば、突然天井に大きな穴があいて上から水がだだ漏れです。大家に修理を頼むも修理屋は途中で休暇だと言っていなくなってしまいます。やむを得ず安ホテル(モーテルかな…)暮らしとなり、そのこと自体にも苛つき、経管栄養の機械のエラーに苛つき、ホテルの従業員にも苛つき、病院での送り迎えでは毎回駐車場の係員と言い合いになり苛つき、リンダの精神状態はどんどん悪化していきます。
リンダの仕事がなにかといいますとセラピストなんです。この状態で人のセラピーなんて出来るのかと思いますが、この職業にしているのも映画のひとつの手といいますか、扱いにくいクライアントを登場させて苛つきの原因をつくっています。
セラピーといっても医療行為という感じではなく、クライアントが予約時間に来てもやもやを吐き出していくというようなものです。先生がキスをしてきた夢を見るという男のクライアントもいます。子育てに悩んでいる女性はある時赤ん坊を置き去りにしていなくなってしまいます。泣き止まぬ赤ん坊を抱かえて右往左往、女性の夫に緊急事態だと電話をするも、相手はあなたの緊急事態で自分の緊急事態ではないと切ってしまいます。そりゃ誰でも苛つきます。
妊娠中絶のトラウマ
天井にあいた穴は子宮や産道を象徴しているのかも知れません。
早い段階から、暗闇の中を光る粒子が飛び交い、その奥にきらきら光るような、なんだかよくわからない丸いものがあるシーンが2、3度登場します。何だろうと思っていたんですが、後半になりリンダが同僚のセラピストに妊娠中絶の過去を打ち明けて泣き崩れます。
明らかにリンダは神経症です。
終盤になりますと映画自体も混乱してきます。リンダの精神状態の表現ということではありますが、ただ観客としてはなかなかついていくのは難しく(笑)、正直、もうそろそろまとめに入ったらなんて思いながら観ていました。
赤ん坊を置き去りにした女性がモーテルに現れ、あなたを信頼していたのに(こんなセリフではなかったけど…)と言い、病院へ行きましょというリンダの頬を平手打ちにして走り去り、海岸から海に消えてしまいます。
モーテルに戻ったリンダは娘のチューブ(お腹に入っている…)を抜き始めます。チューブはとてもそんな長いものが入っていたとは思えないほど長く、やっと抜けたその穴は肉が湧き出るように塞がります。
家では突然帰宅した夫が業者に指示して天井を直しています。穴はすっかり塞がっています。娘はどうしたという夫とともにモーテルに戻ったリンダは、夫がチューブを外された娘を見たことを見て突然飛び出し、海に入り、何度も何度も波に自らの体をぶつけていきます。
浜辺に横たわるリンダ、その顔を娘が微笑みながら覗き込んでいます。
感想:母親になることの抑圧
メアリー・ブロンスタイン監督がインタビューに答えた記事によりますと、実体験がベースになているそうです。
娘が7歳の頃に重い病気にかかり、その治療のために8ヶ月間ニューヨークを離れて二人だけでカリフォルニアのモーテルで過ごした経験があるとのことです。それはひどいもので、夜になると電気が消えて機械の赤いライトで部屋中が真っ赤に染まり、すごい抑圧感を感じたと語っています。
おそらくその時の母親としてのプレッシャーがこの映画に表現されているのでしょう。
一貫してリンダに襲いかかる、それがリンダの思い込みだとしても、リンダの感じる抑圧感が描かれています。カメラワークも極端なリンダのクローズアップを多用しており、とても息苦しいです。
ですので観ていて気持ちのいいものではありません。観ているものがその外側に置かれるからです。この映画の内側、いわゆる共感を感じて観ることのできる人は、それが女性であってもそう多くはないように思います。