新凱旋門物語

信念を貫いた建築家の孤独、が描かれていればいいんだが…

新凱旋門(グランダルシュ)建設における建築家の挫折が描かれています。ステファン・ドゥムースティエ監督はその建築家ヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセンを信念を貫き通そうとしたがゆえの悲劇と捉えているようです。

新凱旋門物語 / 監督:ステファン・ドゥムースティエ

ネタバレあらすじ

1983年、ミッテラン政権下でフランス革命200周年記念のモニュメント建設が計画され、建築コンペが実施されます。選ばれたのは無名のデンマーク人建築家ヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセン(クレス・バング)です。

ただ映画はオットーが無名であることをドラマにしているわけではなく、オットーの設計やデザインへの信念がフランスにおける現実的な制約とぶつかって変更を余儀なくされていく様子を描いています。

思い返してみれば、オットーが設計変更に納得するシーンはまったくなかったですね。最初からフランスは自分を騙そうとしているということをよく口にしており、印象としてはオットーの頑なさが強く出た映画になっています。

実話が元ではありますが、映画の最初に出ていたように当然ながら台詞は創作ですので映画の印象がオットーの実像ではありません。当たり前ですね(笑)。

原作があります。ロランス・コセさんという方の2016年の作品です。

The book contrasts the poetic idealism of its designer, Danish architect Johan Otto von Spreckelsen, with the rigid, politicized maneuvering of the French administration.
本書は、詩的な理想主義者であるデンマーク人建築家ヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセンとフランス政府の硬直した政治色の強い駆け引きを対比させて描いている
(Gemini)

もし原作が Gemini の言うとおりなら、映画はフランス側の描写が弱すぎますね。ポール・アンドリュー(スワン・アルロー)は掴みどころのない存在でしたが、ジャン=ルイ・シュビロン(グザヴィエ・ドラン)はオットーのために一所懸命働いていました。

主要な登場人物

主要な人物は5人です。建築家のオットー(クレス・バング)と妻のリヴ(シセ・バベット・クヌッセン)、リヴはマネージャーのような立場で契約書などの実務を担当する立場で描かれています。この映画の最後にはオットーがプロジェクトから身を引くことになりますが、その直接的な理由はオットーの暴言によりリヴが去ったことになっています。

フランス側は、まずミッテラン大統領(ミシェル・フォー)、このプロジェクトの最終決定者として描かれており、シャンゼリゼ大通りに出て凱旋門越しにどう見えるかと確認したり、夕暮れ時に大理石をバラ色に染まるようにしたいと望んだり、工事現場に行き大理石が滑らないか調べたり、また、オットーがプロジェクトから抜けたいと申し出たときにも二人だけで話したいと言って最終決断をしていました。

オットーはこうしたミッテラン大統領との親密な関係を唯一の後ろ盾として次の二人に対して自分のプランを押し通そうとし、その軋轢に苦しむということになります。

ただ、次の二人、さほどオットーに敵対的な人物にはなっていません。というより協力者にみえました。

まず建築家のポール・アンドリュー(スワン・アルロー)、この人は著名な建築家でありシャルル・ド・ゴール国際空港ターミナルビルの設計をしています。デザイン系というよりも技術系の人かもしれません(想像です…)。映画でもオットーに共同でやろうといったニュアンスで話を持ちかけますが、拒否されますとじゃああなたのために働きましょうなんて展開になっていました。オットーだけじゃ心配ということで政府から送られた立場かもしれませんね(これも想像です…)。

そしてもう一人、ジャン=ルイ・シュビロン(グザヴィエ・ドラン)、フランス政府の担当者として登場します。官僚であり会計責任者でもあるようですが、プロジェクトに対する立ち位置がはっきりしておらず、オットーが要望したためのクレーン業者の追加請求を言い値で認めたり、その後もオットーの要求を拒否したりするシーンはなく、結構オットーのやりたいようにさせているような存在でした。

多分、実際はそうではなかったのでしょう。

信念をつらぬけば

映画ではオットーに最初からフランス側に対する警戒心のようなものがあるような描き方になっています。その精神的なこだわりが自身のデザインや信念への固執につながったように感じます。もちろん映画の話です。

映画では、まず施工業者への不信感が描かれます。その業者の施工した路面を見てつなぎの目地が不揃いだと言い、デンマークの業者にしたい(違ったかも…)と言い出します。

施工上の問題では全面ガラスの壁面を完全に平らにしたいと言い、ここではルーヴル博物館のピラミッドの建築家イオ・ミン・ペイにあって相談していました。あのピラミッドもミッテラン政権下のプロジェクトで、映画の中でもちょうど骨組みのシーンが描かれていました。

思い返してみれば、これらの障害がどう解決され、どういう妥協がされたかはまったく描かれていませんね。なんとなく先へ進んでいつの間にやら巨大な建造物の骨格が出来ていました。

大理石の件も曖昧になっています。オットーはミッテラン大統領の希望にそったバラ色に染まる大理石を求めて一人でイタリアのカッラーラへ行き決めてきてしまいます。これは予算に合わないという話が出ていたはずですがどうなったんでしたっけ? 忘れられていますかね。

そして、最後の障害、1986年の議会選挙でミッテラン大統領の社会党が大敗を喫し、首相が保守派に変わり、プロジェクト自体が頓挫して民間資本導入という路線変更がされます。ただ、これも結局どうなったのかはっきりしていません。

そして、大理石にカッラーラ産ではないものが使われることになり、それを妻であるリヴが認めていたことを知るや電話で怒鳴りつけます。リヴはオットーの謝罪を受け入れることなくデンマークへ帰っていきます。

オットーはミッテラン大統領にプロジェクトの責任者から降りることを申し出ます。

その後、オットーが公園のベンチでお腹を抑えて倒れるというシーンがあり、また、おそらくグランダルシュ完成後だと思いますが、ポール・アンドリューとジャン=ルイ・シュビロンがデンマークでオットーの墓を探すシーンで終わります。

ヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセンはグランダルシュが完成する2年前の1987年に57歳でなくなっています。胃がんだったようです。

グランダルシュ Grande Arche

Google Map

パリ中心部からセーヌ川越しに見たグランダルシュ、上は静止画像ですが Google Map のリンクをクリックしますと 3D でズームしたり引いたりしてパリの街が見られます。

道路の軸からやや左に傾いているのは真下に地下鉄や高速道路があるためだそうです。また、グランダルシュは単なる建造物ではなくアーチの両側には政府機関のオフィスが入っています。

大理石の件は、実際にどこの大理石が使われたかわかりませんが、大理石は多孔性であるため雨が入って凍るなどして落下し始めたため花崗岩に交換されたそうです。

感想:信念を貫いた建築家の孤独があれば…

オットーが信念を貫く姿が行き過ぎているように見えてしまうのが残念ですね。

実際にはいろんなことが重なり合った結果だとは思いますが、信念だけではなく文化的な価値観の違いとか、他国でのプロジェクトでの孤独感とかいろんな要素を描いたほうがオットーの人物像が重層的になってよかったんじゃないでしょうか。

ところで、役名を公式サイトから拾っていましたら、グザヴィエ・ドランさん、「2023年に監督引退宣言をした」とあります。

ウィキペディアを読みますと本当ですね。でも、この世界、そう簡単にはやめられないと思います。