アン・リー/はじまりの物語

男女平等、平和主義のシェーカー・コミュニティを音楽とダンスで描いて面白い

予告編で観た女性たちが森の中を踊りながら進むシーンを記憶していて面白そうと思い観てみたらシェーカー教徒の話でした。そのシェーカーという教団にも身体を震わせて祈るからそう呼ばれる程度の知識しかありませんでしたので逆に結構面白く観ました。

アン・リー/はじまりの物語 / 監督:モナ・ファストヴォールド

男女平等、共同体思想

映画の構成としては、まずアン・リーの伝記部分はナレーションで、アン・リーのカリスマ性は演じるアマンダ・セイフライドの俳優力で、そしてエンターテインメント性は音楽とダンスでというつくりです。

アン・リーにしてもシェーカーにしても何も知りませんでしたので今いくつか読んだだけですが、おそらくナレーションで語られているのは残された史実そのものでしょう。描かれるのはアン・リー幼少の頃から亡くなる1784年までの40年間くらいです。48歳で亡くなっています。

教義の中でへぇーと思ったのが「神は男性でもあり女性でもある」というもので、アンの弟のウィリアムが信者たちに次のように語っていました。

Christ’s spirit first appeared in a man, Jesus, but has reappeared to fulfill the promise of the second coming, in the form of a woman, our Mother Ann. and, as we were all created in his likeness, see, God must be both male and female.

キリストの御霊は最初イエスという男性に現れたが、再臨の約束を果たすため、女性であるマザー・アンの姿で再び現れた。そして、私たちはみな神の似姿に創造されたので、神は男性でもあり⼥性でもあるに違いない。

男女平等思想だったんですね。映画では黒人の信者もいましたので人種差別のない共同体を築いていたということです。平等主義は平和主義にもつながります。共同体ですので皆が平等に働き、簡素な生活を送っていたようです。特徴的なのが性的関係を認めませんので必然的に子孫は残せないということになり、養子や改宗で教団を維持するしかないということになります。この禁欲主義はアンの個人的な体験が影響しているような描き方でした。

エンドロールでは、最盛期には20くらいのコミュニティがあったこととその人数が流れ、現在残っているのは2人と紹介されていました。

俳優と音楽とダンス

アン・リーを演じるアマンダ・セイフライドさん、主演であり当然シーンも多いですし、力の入った演技だとは思いますが、カリスマ性があまり感じられなく人を惹きつけるものが足りない印象ではあります。でも、教義的にはそれでいいのかもしれませんね。皆とともにあるということで同じようにと言うよりも率先して働いていました。

弟のウィリアム(ルイス・プルマン)の献身ぶりが印象に残りました。アンに布教に行きなさいと言われて苦難の旅を繰り返していました。ウィリアムを同性愛者として描いていましたね。アンに髪を切りなさいと言われるあたりに別れのシーンが入っていました。

シェーカー教徒は実際に歌や踊りを使って礼拝をしていたらしく、映画ではそれを前面に出してつくられています。音楽のダニエル・ブルンバーグさんは「ブルータリスト」の音楽を担当していた方です。

この「アン・リー/はじまりの物語」のモナ・ファストヴォールド監督は「ブルータリスト」のブラディ・コーベット監督のパートナーですし、その映画の共同脚本でもあります。また、逆にブラディ・コーベット監督がこの映画の共同脚本にもなっています。どちらの映画も二人の共同制作みたいなものということでしょうか。

一定のリズムが繰り返される音楽は陶酔感を生みます。つい先日観た「シラート」のレイヴなんてのは典型的ですが、この映画でもダンスと相まってそれなりのレイヴ感がありました。

振り付けはセリア・ロールソン=ホール(Celia Rowlson-Hall)さん、ちょっと古めのモダンダンスのようなダンスでしたが、映画の内容によくあっていて違和感はなかったです。

音楽とダンスで面白く観た映画です。それにしても今なぜこの映画という感じはします。