映画を楽しむよりもレベッカ・ズロトヴスキ監督のセンスを楽しむ映画
面白い映画ですね。でも映画そのものじゃないんです(笑)。面白いのはレベッカ・ズロトヴスキ監督のセンスで、へえ、こんなことするんだ?! と感じることが多く、驚くというほどでもないけれども変わってるなあって感じでしょうか。これについては追々ということで、とにかくこの映画はジョディ・フォスターさんのための映画ではありました。

ネタバレあらすじ
ジョディ・フォスターさんがパリで精神分析医をしているアメリカ人リリアンを演じています。当然ながら言葉による意思疎通が必須の職業ですので全編フランス語ということになります。
へぇ、すごいなあなんて思っていましたら、ジョディ・フォスターさんはカリフォルニアで生まれ育っているのですが、8歳から18歳までリセ・フランセ・ドゥ・ロサンゼルス(Le Lycée Français de Los Angeles)というフランス系のインターナショナル・スクールに通っていたんだそうです。
現在63歳、60年近くになる俳優歴ですが全編フランス語は初めてだそうです。
奇妙、奇妙、奇妙…
オープニング曲はトーキング・ヘッズの「Psycho Killer サイコキラー」です。YouTube にミュージックビデオもあるのですが、その出演者がシアーシャ・ローナンさん、そしてマイク・ミルズ監督という豪華版(?)ですので混乱するといけないと思い Spotify から引用です。
これ、どちらかといいますとジョーク曲ですので、は? 何が始まるの? って思います。それにその時の映像は暗闇に雪が舞うミステリーっぽい画で、やがてパンダウンしますと人が雪に埋もれています。死体? なんて思っていますと指がピクリと動くのです。
なんだか雪も嘘っぽいなあ、確かミステリーと紹介されていたはずと違和感を感じながら観ていたんですが、その後、リリアン(ジョディ・フォスター)が落ち着かなく動き回り、突然上の階へクレームを入れにいったり、いきなりやってきた患者があんたのとこに何年も通ってやめられなかった喫煙がたった1回の催眠療法のおかげで禁煙できた、これまでの治療費を返せ! 訴えてやる! と怒鳴り込んできたり、別の患者の死を知って知らず知らずに涙が流れて止まらなくなり、試しにと件の催眠療法士を訪ねるにいたっては、これはいわゆるシリアスなミステリーじゃないぞと気づいたわけです(笑)。
その後、ところどころに使われている音楽もどこか場違いな感じのものが多いんですよね。でも場違いではなかったんです。おそらく計算ずくのものであり、そういう映画だったんです(笑)。奇妙、奇妙、奇妙という…。
ミステリーのピースを散りばめて
結局この映画は、リリアン本人が何らかの精神的抑圧によって奇妙な行動をとっていくことを表で見せ、その裏には何があるのかとリリアンの深層心理を明らかにしていき(あまりならないが(笑)…)、やがてその精神的抑圧から解放されたリリアンが元夫や息子との関係を改善するという話だったということです。
という映画、まずはオープニングシークエンスの「サイコキラー」などがあり、続いて映画の軸となるプロット、患者のポーラ(ヴィルジニー・エフィラ)の死が娘のヴァレリー(ルアナ・バイラミ)によってもたらされ、その通夜に行きます。しかし思いもよらぬことに夫のシモン(マチュー・アマルリック)に激怒され、帰れ! と追い返されるのです。
その帰り道、リリアンは不意に流れ出る涙に気づきます。リリアンにしてもわけも分からず気づかない涙ですので感情と連動していないということです。
一体どういうことでしょう、という前に、リリアンが息子のジュリアン(ヴァンサン・ラコスト)を訪ねて MD(記録媒体…)をネットで購入してもらうシーンがあります。ここではジュリアンが母親に何らかのこだわりを持っており、できるだけ避けたいと考えていることと、リリアンが診療に MD を使って録音していることを見せています。
MD はこの後のミステリーっぽいつくりのキーとなるものだからなんですが、それとともにリリアンは実は患者との会話に集中しておらず、そのことに自分も気づいているということです。実際、ポーラとの会話も記憶しておらず、最後の診療を録音した MD が盗まれることでリリアンの探偵化がどんどん進行していくつくりになっています。
続いて眼科医の元夫ガブリエル(ダニエル・オートゥイユ)に診てもらいに行きます。ガブリエルは眼には問題はないと言い、そんなことよりもリリアンとよりを戻したい内心をだだ漏れにしていました(笑)。ガブリエルのポジションは最後までこれです。
ポーラの娘ヴァレリーがポーラが残したメモを持って現れます。内容は断片的な単語だけで意味不明です。ヴァレリーは母親の死はリリアンが処方した薬による自殺だったと明かします。リリアンにとっては不可解なことであり、これもミステリー要素のひとつです。
それにこのヴァレリー、その眼力でちょっとあやしい雰囲気を出しています。俳優の地なのか演出なのかはわかりません。わざわざ意味不明なものを持ってくるわけですから計算されているかも知れませんね。
リリアンが件の催眠療法士を訪ねます。え、何しに? と思いましたら診療を受けるためでした。こういうところでもリリアンの情緒不安定さを見せようとしているのかも知れません。ただ、ジョディ・フォスターさんのキャラは知的な人物ですので、え? と思い、奇妙なことをする監督だなあと思ったわけです。
リリアンの深層心理がつくりだす前世
リリアンはあっけなく催眠状態に入り、自らの深層心理を知ることになります。それが映像で表現されています。
この深層心理が唐突に感じられてわかりにくいのですが、リリアンがユダヤ系アメリカ人であることを知っておくと多少はわかりやすいかも知れません。
リリアンは自らの深層心理が作り出す前世を幻視します。
リリアンが深く、深く下りていきますと、そこはナチス占領下のパリです。リリアンはユダヤ人男性のチェリストであり、ポーラはオーケストラの同僚であり恋人です。そしてリリアンの子を宿しています。指揮者が入ってきます。その姿はポーラの夫シモンです。指揮台に立ったシモンはやおら銃を取り出しポーラに銃口を向けます。
ここで催眠療法士がドアから出てと慌ただしく言いリリアンの幻視は終わっています。そして、涙も止まっています。料金は? と尋ねるリリアンに催眠療法士はいらないと言い、なぜか反ユダヤ主義的なことを言うのです。リリアンは非難してその場を後にします。
この催眠療法士も、そして反ユダヤ主義も、おそらくミステリーのピースのひとつとしているのだと思いますが、残念ながらまったく回収されずに終わっています。催眠療法士もこのシーンで終わっていますし、ユダヤやナチスにしてもその後の展開をみますと扱いが雑すぎます。この後の喜劇的な展開を考えますとそもそもこの前世の設定に間違いがあったということかと思います。
物語はドタバタミステリーへ
ということでミステリーのピースが揃いました。ポーラは自殺ではなく、夫のシモンに殺されたのです。
と、考えるリリアンの探偵化が始まります。ややしょうもないので(ゴメン…)、以下簡潔に流れだけです。
リリアン・ホームズはガブリエル・ワトソンを相棒にしてシモンによるポーラ殺人事件の真相を探り始めます。リリアンへの無言電話が続き、車に血糊が浴びせられ、何者かがオフィスに押し入り、ポーラの診療記録の MD が盗まれるという妨害が発生するにいたり、リリアンはシモンの犯罪を確信します。
ああ、ちょっと違っていますね。当初は娘ヴァレリーがポーラを殺したのではないかと考えていたみたいです。というのはポーラはリリアンに、ヴァレリーはシモンの子どもではないと話し、それをヴァレリーが知ることを恐れていたからです。
それがシモン犯人説に移ったのは、ヴァレリーからポーラが最近亡くなった叔母から莫大な遺産を受け取っていると聞かされたことからです。また、ポーラの死因はリリアンの出した処方箋の薬を大量に飲んでいることなんですが、その処方箋が改ざんされていることが判明し、シモンがそれを薬局に持ち込んでいるのです。
その後は、二人で宅配された荷物のヘアアイロンを盗み出し、それがポーラの死後に注文されていることがわかったり、叔母の遺産の件を調べたり、再び前世を幻視し(どうやってだったか記憶なし…)、そこではポーラの叔母やナチスの親衛隊のジュリアンが登場したり、前回の幻視の続きとしてシモンがポーラに発砲したりします。さらにシモンの別荘に向かい、ここではなぜか突然ガブリエルがやる気を出して陽動作戦によりリリアンが忍び込んで MD を探すという作戦に出ます。結局見つからず、ゴミ箱からヘアブラシを盗むという笑えないコメディ展開になります。というようなことだったと思います(笑)。
で、ピースはパチっとはまったのか…
解決編です。無言電話も、車の血糊も、オフィスに忍び込んだのも元患者の禁煙男でした。本人が明かしています。
オフィスに戻りますとシモンがいます。シモンは処方箋の改ざんはポーラが自分でやったものだと言い、MD を置いていきます。MD を聴いたリリアンは、ポーラがリリアンの処方箋を改ざんして薬を得て叔母を殺害し、自ら命を絶ったことを知ります。残されたメモはその告白だったのです。
え? どういうこと?
こういうことです。この一連の探偵物語は、MD に録音することで患者たち、特にポーラの悩みに正面から向き合うことをしてこなかった精神分析医のリリアンがそうした自分自身に向き合うための精神的な旅だったということです。ポーラの死が自殺であるか殺人であるか(はないとは思うけど…)は映画的にはさほど重要なことではないということです(かな(笑)…)。
その後、リリアンはガブリエルとも親しい関係を保つことになり、またジュリアンにも心からの謝罪をすることで和解します。そして診療でも録音することをやめ、患者のその場での声に聞くことで精神分析としての正しい道を取り戻します。
感想:笑っていんだよ。
ところで、すでに亡くなっている役ですし登場シーンも多くありませんが、ポーラを演じているのはヴィルジニー・エフィラさん、「急に具合が悪くなる」のマリー=ルーです。
それにフレデリック・ワイズマンさんがリリアンの恩師 Dr. Goldstein としてカメオ出演していました。
で、映画です。
映画としては散漫でどこに向かっているのか分かりにくく、率直なところあまりいい出来ではありません。でも、レベッカ・ズロトヴスキ監督のセンスは興味を引きます。特にいきなり「サイコキラー」をつかったり、リリアンの探偵風のシーンにどことなくクラシカルなお遊び風音楽をつけたりするセンスが面白いです。
この映画についてのインタビュアーの質問「ユダヤ人ではないジョディ・フォスターがリリアンを演じることについてどう思うか」に答えて
First, I strongly believe in the power of artifice in cinema. I’m a lover of fake. (laughs) I love that! I’m a filmmaker, so I love fake, and I love when fake creates truth.
まず、私は映画における作為(演出?)の力を強く信じています。私は、fake(作り物?)が大好きなのです(笑)。大好きなんです。私は映画作家ですから作り物も好きですし、作り物によって「真実」が生まれる瞬間も大好きなんです。
(https://www.hammertonail.com/interviews/rebecca-zlotowski/)
と語っており、この映画で何らかの「真実」が生まれているかどうかは別にしてもそうだよねとは思います。
そして、この作品におけるコメディとドラマの融合について尋ねられた後に音楽について、
We went in the direction of Stanley Donen’s Charade, a Mancini-esque score. We needed, for the first 20 minutes, to say: “Hey, you’re allowed to smile. Yes, this is Jodie Foster, who is not famous for being this super-comic actress. Yes, this is Rebecca Zlotowski and I am not famous in France as a comedy writer. And the beginning of the film starts with a death, she’s a psychiatrist, she’s such a tight-ass person. But you know what? You can laugh.”
私たちはスタンリー・ドーネン監督の「シャレード」のような方向性、つまりマンシーニ風の音楽を目指しました。最初の20分間でこう伝えたかったのです。「笑っていいんだよ。そりゃジョディ・フォスターはコメディ俳優として有名なわけではありませんし、レベッカ・ズロトウスキである私もフランスでコメディ作家として知られているわけではありません。それに映画の冒頭は死から始まりますし、彼女は精神科医でとても堅苦しい性格の持ち主です。でもね、笑っていいんです」と。
(同上)
でもね、笑っていいんだよ。
そういう映画だったということです。