この世の中、何がホントで何がウソかは誰にもわかないとか…
代行サービス会社で No.1 の男が虚実入り交じる日常の中で自我崩壊していく話、と書こうと思いましたが、そうじゃないですね。単に恋人に逃げられたことからヤケになって会社の大切なクライアントの依頼をぶち壊す話です(笑)。

アイデアだけでは長編にならず
アイデアはあるけれども長編に見合うだけのドラマを考えつかなかった映画だと思います。
オーストリアのベルンハルト・ウェンガー監督、1992年生まれですので34歳くらいです。日本の公式サイトには、
2018 年に日本を訪れ「友達代行サービス」の実態を徹底取材したリサーチをもとに制作された。
とあります。
友達代行サービスというものの実態をまったく知らないのに言うのもなんですが、この映画の内容なら取材しなくたって出来ると思いますよ。
そもそもこの映画、おそらくそうした意図でつくられているんだと思いますが、どのシーンが代行サービスなのかわからないくらいに全編現実感なくつくられています。まあこれはないとは思いますが、恋人ソフィアが去っていくことだって振られ役の代行サービスだったといってもおかしくないつくりです。
ネタバレあらすじ
代行サービスの現場がなんの依頼かの前段なく矢継ぎ早に描かれますので、マティアス、いったい何やっての? と言いたくなるくらいに意味不明なシーンが続きます。早い話、そんな依頼、誰もしないんじゃないのというものばかりです。
依頼の趣旨から描いているものが2つあります。ひとつは夫が話をきかないので口論できるくらいになりたいという依頼で、その夫役で口論の訓練をする代行がワンシーン描かれ、その後その妻は口論できるようになったのか離婚し、マティアスは夫から付け狙われることになります。
あり得そうもない依頼ですし、面白くもなんともないです。
そしてもうひとつがなにかの組織の会長になりたい男の息子役で優秀っぷりを見せる依頼です。これもまったく意味がわかりませんし、ありえない依頼ですが、とにかくその顛末がラストシーンで使われています。もうすでにこのときのマティアスは自我崩壊(キレている…)していますのでパーティー会場に素っ裸の泥エステ姿で登場して、その後プールに飛び込み、森の中へ帰っていきます(笑)。
なぜマティアスがキレたかは代行業にうんざりしたからしかありませんが、その原因は恋人ソフィア(ユリア・フランツ・リヒター)があなたの本当がわからない(みたいな台詞…)と言って去っていったことです。ただ、これも観念的な台詞で、恋人であれなんであれ、対人関係において相手の本心がつかめないということは相手が代行サービス業であることとはまったく関係がないことで、仮にそう感じる相手であれば職業とは関係なくその相手がそういう人物だということしかありません。
そういう観念的な映画だということです。
感想:何がホントで何がウソかは誰にもわかない
マティアスを演じているアルブレヒト・シュッフさんはとてもよかったです。実在感のない感じがよく出ていました。ただシナリオがそうだからしかたないのですが、このキャラのまま100分持たせるには無理があります。
アルブレヒト・シュッフさん、結構観ていますね。「システム・クラッシャー」は比較的最近の映画ですので記憶しており、キャラクターがまったく違う役柄でした。
他には「ナチスに仕掛けたチェスゲーム」「さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について」とかです。
映画は最初に書きましたように、現実感のなさもシュールまではいっておらず、素っ裸の泥エステ姿も自我崩壊には見えないということです。
まあ、この世の中、何がホントで何がウソかは誰にもわかないという教訓と取ればいい映画かと思います。
それにしても毎日暑いですね。